第五章 那田蜘蛛山
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鬼滅の刃たかはるとその祖父と3人で暮らしていたヒロインと伊之助の物語。
一応原作沿い。途中、抜けている部分があります。
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翌日、私は任務の時間まで包帯や薬品の確認をしたり、刀の手入れをしたりしていた。
それでも、任務は日没からなので、暇を持て余していた。
藤の家の人の手伝いを申し出ると断られてしまった。
私は疲れない程度に、修行する事にした。
(最終選別の後、手首を痛めたからなぁ…。もっと強くしないと…!)
私が素振りをしていると、伊之助が庭の茂みからひょこりと顔を出した。
こんな状況が、幼い頃にもあったなぁとしみじみ思い出す。
伊之助は私が話しかけるまで無言で、猪頭のせいで表情も見えないので何を考えているか分からなかった。
「伊之助、安静にって事だから、暇でしょ。」
「あぁ、動いたら、小波や炭治郎に怒られる。」
隠そうともしない不満に思わず笑ってしまった。
しかし、伊之助は何やら落ち着かない様子だ。
「あれ、炭治郎や善逸は?」
「町に買い物に行った。俺は人が多いとこは行きたくねぇ。」
自分から覗きに来たくせに、先程から私の質問にしか答えていない。
しかし、何か言いたげな事が伝わってくる。
私が、どうしたのと尋ねると、伊之助は少し間を置いて答えた。
「…小波は任務に行くのか?」
何を今更、昨日からそう言っているのに。
伊之助もそれは理解していたと思っていた。
私は藤の家にあった木刀を置いて、縁側に座る。
こっちおいでと言わんばかりに手招きすると、茂みを飛び越えて私の隣にどかっと腰掛ける。
大きな犬でも飼っているかのようだ。
「日が沈んだらね、行ってくるよ。」
それまで暇なんだけどねーと、笑ってみるが、伊之助からは何の返事もない。
猪頭の向きから、私を見ているという事しか分からない。
私自身、会話している相手の表情を見られないのは苦手だ。
伊之助達3人みたいに、感覚で相手の気持ちを汲み取る事は出来ない。
しかし、顔、特に瞳から心情を読み取るのは得意な方だと自負している。
だから私は、伊之助の猪頭をゆっくり引き上げて外し、伊之助に渡した。
猪頭を外した事に驚いて私と目を合わせたのか、ずっと私の目を見ていたのかは分からないが、とにかく伊之助の目を見る事ができた。
いつもはキリリと上がった眉も、好戦的に上がった口角も、今は下に下がっている。
なるほど、先程の伊之助の質問とこの表情で大体理解できた。
しかし、伊之助自身が、自らの感情を表現出来なくて困惑している…といったところか。
「私に任務に行って欲しくない?」
私は単刀直入に尋ねる。
遠回りな質問では遠回りどころか、着地すら出来ない事を知っていた。
「んーーー…行くなっつったって行くだろ…。」
明らかに不満の篭もる声、表情。
…分かりやすい。
猪頭を脱がせる作戦は成功だった。
「私は鬼殺隊だから、任務には行くねぇ。伊之助達と一緒じゃないのは寂しいけど、仕方ないよ。でも君達は、しっかり怪我を治すという任務があるからね?」
「…さみしい?」
「うん。離れたくないなぁ、一緒にいないなぁって気持ちかな?
ほら、ねぇ、私達、群れじゃない?群れを離れるのは寂しいよ。」
私は伊之助の知ってそうな言葉を選んで「寂しい」を説明する。
すると伊之助は、眉を上げて弧の形にし、目を丸めた。
「……さみしい…そうだ!!小波が任務に行くのが寂しい!だ!!」
伊之助は自分のモヤモヤとした感情の名前を知れて、スッキリした表情に変わった。
感情と言葉を結び付けて直ぐに飲み込めるところや、素直に自分の気持ちを伝えてくれるところが伊之助の良い所だと思う。
「そっか!そう思ってくれて嬉しいよ!早く任務終わらせて、早く帰って来るね!」
「ん??なんで俺が寂しいのが嬉しいんだ??」
むむむ、確かにそうだ。
しかしその質問の答えは、まるで自惚れている事のように感じて少し気まずい…。
「えっと…、寂しいって事は、私と…一緒に……いたい?離れ…たくない?………テ、コトデショ…?
…そう思ってくれて…ウレシイナァ…ミタイナ…」
最後の方はゴニョゴニョと言葉を濁す。
せめてここに炭治郎か善逸がいたら、私の代わりに説明してくれるのに…。
いや、それはそれで恥ずかしいか。
私は耐えきれず、自分の手の平の豆をプニプニと押して黙り込んだ。
「おぉ!!そういう事か!!!んだよ、小波は馬鹿だな!!
昨日から言ってんじゃねぇか!!
離れんな、って!!!もう忘れんなよ!!!」
ったくよー、子分は親分の言葉一字一句覚えてろ!と、そんな風に言ってくれるものだから、私はいつも伊之助の明るさに救われる。
私が隠したい、恥ずかしいと思う気持ちを、堂々と言える事を本当に尊敬する。
それよりも何よりも、「離れるな」「寂しい」、その伊之助の気持ちが私の心をふわふわと浮き上がらせた。
きっと今の私は、締まりのないだらしない顔をしているだろう。
そんな顔を見られ、なんでそんな変な顔してんだ!なんて言われたらもう何も言えないと思う。
でも今は、このふわふわとした温かい感覚に身を委ねたいとも思う。
だから私は、ちょうど私の額の高さにあった、伊之助の肩に、こつんと自分の額をくっつけてみた。
伊之助が私の額に擦り寄る時も、きっとこんな気持ちなのかな。
確かに、これは癖になりそうだ。
お酒を飲んでしまった時のような、ほろ酔い気分が心地良かった。
「小波…?
…そうか眠いのか!
今だけは俺様の肩を有り難く使わせてやる!!
感謝しろ!!!」
ガハハと笑う伊之助だって私にやるくせに、私の今の気持ちは分からないのね…。
伊之助が私の今の心地を察する事なんて有り得ないけど、かえって気付かれない方がありがたい。
私はハリネズミのジレンマを感じつつ、少しの時間寝たフリをした。
日没後、私は任務に出発した。
皆、大袈裟なくらい心配してくれた。
私はそんなに弱そうだろうか…。
「怪我なんかしてきたら、お前、許さねぇからなぁァァ!!!!」
背中に聞こえた怒鳴り声に振り返り、大きく手を振った。
(本当に許してくれないんだろうな……)
私は苦笑しながら、任務地へ向かった。