第三章 再会
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鬼滅の刃たかはるとその祖父と3人で暮らしていたヒロインと伊之助の物語。
一応原作沿い。途中、抜けている部分があります。
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小波と伊之助は、2階の部屋から1階の風呂へと移動した。
その間、風呂では頭も顔も体も全部石鹸で洗ってから湯船に浸かる事、もちろん猪頭は脱いで入る事、泳いではいけない事、出る時にはしっかり全身を拭くこと、この浴衣を着る事…等々、順を追って説明した。
これが守れないと強くなる修行は残念ながら失敗だからねと小波が伝えると伊之助は、お、おう…と言って真剣に聞いてくれた。
最後の最後に、小波の後に続いて伊之助まで女湯に入って来そうだった時は油断したと思った。
久々の湯浴みは最高だ。
身を清潔に保てる事の有り難さを実感しながら、小波はゆっくりと露天風呂に浸かる。
全身の筋肉と心が緩み、そのままお湯に蕩けていってしまいそうな感覚に陥る。
隣の男湯から騒がしい音は聞こえなかったので、伊之助もちゃんと言う事を守っているのだと安心し、部屋に戻ったら褒めて遣わそうと思っていた。
逆上せやすく、長風呂が出来ない体質の小波は、まだ入っていたい気持ちもあったが、頭がクラっと揺れたのを感じて湯浴みを終えた。
キンキンに冷えた水が小波の熱くなった五臓六腑に染み渡り、じんわりと冷やす。
(伊之助は部屋に戻ったかな?
お湯に浸かるなんて初めてだろうし、早々と上がってそう。
んー、でも山に温泉が湧いてる場所があったら、伊之助なら飛び込んでるな。
きっと…)
ボーっとする頭で勝手な妄想を繰り広げながら、小波はただいまーと言って部屋に入った。
しかし、部屋にはまだ伊之助は居なかった。
「あら、意外と長風呂なのねぇ。」
そう独り言を言いながら、小波は自身の羽織のひどい汚れを石鹸と水で落とし、風通しの良い所に引っ掛けた。
そして、今まで着ていた衣服を畳み始めた。
(んー、ボロボロだなぁ。
着物も袴も、色んな所が破れて…え、こんな際どい所も破れてたの!?うーわ、恥ずかしい…。
でもなぁ、捨てるのは勿体ないしなぁ。
かといってこれからは隊服があるから必要ないんだよなぁ…。)
小波はブツブツ呟きながら考えに考え抜いた結果、使える部分の布は手拭いにして使うことにした。
(手拭いなら怪我をした時に活用できる!我ながらあっぱれ!名案!)
小波が一人で鼻を鳴らしてニヤついていると、バシィン!!と勢いよく戸が開いた。
小波が肩を竦めて音のする方に素早く顔を向けると、そこには猪頭を小脇に抱え、息を荒くして顔を真っ赤にして立つ伊之助がいた。
「あ、おかえり。上手に入れたみたいだね。」
伊之助は心なしかフラフラしている。
「ハァ…修行、してきた…。」
伊之助は覚束無い足取りで部屋に入り、ドカッと腰を降ろして天井を仰いだ 。乱雑に着た浴衣がはだけて、胸元も太ももも、あらわになっている。
フーっと深く息を吐き、小波の方を見た。
「どうだ……俺の方が、ハァ…長く、入ってた…」
小波にとっては、10年振りに伊之助の素顔を見る事になる。
翡翠色の瞳、長い睫毛、毛先に掛けて青色に変わっていく藍色の髪、懐かしいそれらは昔と変わらなかった。
しかし幼さは消え、変わりに輪郭も鼻筋も首筋もシュッと整い美しく変化したその姿を、小波は何も言わず見ていた。
いや、見蕩れていた、の方が正しいのかもしれない。
さらに風呂上がりで紅潮した頬、濡れた髪や汗ばんだ首筋は、男女関係なく誰も彼も魅了されてしまうくらいに艶やかだった。
小波も例外ではなかった。
伊之助の事を、精巧で可憐な人形のように美しいと思った。
「伊之助…昔は可愛かったのに、すっかり美人さんになったねぇ。
はい、お水。完全に逆上せてるね。」
見蕩れた事を照れてしまったら何故か負けだと思った小波は、孫を愛でるように素直に感嘆の言葉を述べた。
そして冷たい水を伊之助の頬に押し当てた。
「びじんさんてなんだ?」
無我夢中で水を飲む伊之助の汗で濡れた喉仏が上下するのが目に入り、小波は直視するのを諦めた。
「んー、綺麗って事かな?」
あぁ今のは、美人に「さん」を付けたんだよ、そう言って横目で伊之助を見ながら、小波は先程の自分の着物を鋏で切りながら手拭いに変化させていった。
「綺麗?あぁ、あの花の事か。」
一瞬小波には何の事だか分からなかった。
花?と聞き返すと、あ?お前がガキの頃描いてた白い花だよ!こんくらいの、と掌を見せながら言った。
白い花、綺麗、描いていた、それらのキーワードを頭の中にぐるぐる巡らせると、小波はすぐに思い出す事ができた。
「あぁ!百合ね!庭に咲いてた!!
凄い伊之助!
そんな事まで覚えてたの!!」
すごい!嬉しい!と、小波が屈託のない満面の笑みを伊之助に向けて言うと、伊之助は口を半開きにしたまま動きも表情も一時停止させた。
それに気付かない小波は目線を再び手元に戻し、作業を続けた。
「伊之助は、あの百合の花みたいに綺麗に成長したのねって事を言いたかったの。」
照れを隠すように語尾を強めて言う小波の言葉は、伊之助の耳には入っていなかった。
伊之助は半開きになった口を閉じると、ゴクリと喉を鳴らし、空になったコップを床に置いて小波の傍まで寄って行った。
小波が、傍に来た伊之助に目線を移したのとほぼ同時に、伊之助は小波に顔を近付けた。
こつん。
伊之助は、自身の額を小波の左側の額にくっ付けた。
そして擦り寄せるように首を動かした。
突然迫ってきた綺麗な顔、と思ったら耳にかかる、逆上せた伊之助の熱い息。
伊之助の髪から水滴が滴って小波の鎖骨を濡らし、小波はビクッと肩を震わせた。
藍色の髪からは、フワリと石鹸の香りがした。
この状況に小波は思考を放棄した。
伊之助の左手が小波の右手に重なり、ゴトンと鋏を落とした音で小波は我に返った。
「………い、い、い、伊之助?なななななに?どし、たの?私、泣いて、ないよ?」
伊之助との10年振りの再会で、幼子のように泣き出した小波をどうにか治めるためにされた行動を繰り返されたので、泣いてない事を主張した。
今回は猪頭を被っていない分、より顔の距離が近く、その時とは比べものにならないくらい心臓が大きく速く脈打っていた。
小波の言葉から無言の時間が空き、少しして伊之助は顔を離した。
しかし、やった本人があまりにもきょとんとしていたので、小波は熱の引かない顔で興奮気味に声を荒らげた。
「?、じゃないよ!…びっくりしたなぁもう!ほんと、どうしたの!」
すると伊之助は、小さく首を傾げながら、
「あ?なんかしたくなったからした。」
と、恥じらいもなく言い、小波が嫌ならもうしねぇ、と続けた。
小波は、伊之助の本能の赴くまま行われた行為であると気付き、ため息を吐いた。
「嫌じゃない、けど…いきなりだと心臓飛び出すくらいびっくりするから……
…今度は!言ってから、して!そして!人前では、絶対やらないで!!
あと、私以外にやったら大変な事になるから、それも駄目!!!
分かった!!?」
小波はビシッと伊之助の額を指差しながら言い放つと、伊之助が使っていたコップに水を注ぎ、勢いよく飲み干した。
(………お前にしかやらねぇよ。)
伊之助は、あのホワホワする心地で、小波の後ろ姿を眺めていた。