Genius10

【バレンタインソング】


「行ってきます!」

「気ぃ付けてな」



バレンタイン前のある日。
俺の想い人はこの寒い中中学生と自主トレをするらしく、元気よく手を振る彼女を見送った。
エントランスで「ぎゃー!風強い!!」という複数の声がするのを聴きながら俺は膨れていた。



「どうした毛利」

「いや、月光ツキさんがあの歌熱唱するとは思いませんでしたわ」

「ああ、俺も昔歌わされたことがあるからな」

「そうなんですか…ってええ!?ホンマですか!?」



あの歌、というのは先日俺がコーチに頼まれて歌ったバレンタインソングのことである。
月光ツキさんのあの歌…聞いてみたい。


「まあ月光ツキさんの音源は後で聞くとして」

「別に聞かなくていい」

「歌詞やとしても愛の告白みたいなんあの子に言うんは月光ツキさんでも流石に…」



これが俺の膨れている理由。
I love youだのLove me doだの気持ちを分かってほしいだの、改めて聞くと結構口に出すのに勇気のいる単語が山ほどある。
それをさっきまで二人が向かい合って歌っていたのだ。俺の目の前で…。
俺の練習に付き合わせて何度も聞かされてたからつい口ずさんでしまうのかもしれないが、心なしか月光ツキさんも楽しそうだったのが何とも悔しい。

しょーもないヤキモチなのは分かりきっているが止められないのが恋というもの。
八つ当たりして月光ツキさんに申し訳ないと内心懺悔していると、何を思ったか月光ツキさんが俺の頭を撫で回し始めた。



「わっ、何ですか!?」

「待っているだけでは何も始まらないぞ」



短い言葉から大人の余裕を感じより一層悔しくなる一方、言葉の意味を考えてみた。
最近は『逆チョコ』なるものもあるらしいし、バレンタインだからとチョコが来るのを待つ必要もないのか。



月光ツキさん、ありがとうございます」

「頑張れ」



こうして入江さんにオススメを教えてもらったり、ラッピングとチョコ自体のどっちがおしゃれな方が喜ぶか思い切って本人に聞いてみたりした。
当日のシミュレーションを何度も何度も繰り返し、来たる14日に備えるのだった。



「最近毛利先輩がコソコソ電話してくるんです。直接話せばいいのに…越知先輩何か知ってますか?」

「楽しみにしておくといい」

「?」
14/16ページ
スキ