Genius10

【最推し】


目の前には談話室の大きなテレビ。
映し出されているのはほぼ毎日顔を合わせる芸能人。



『キミの唇に届け潤い』



俺の口からは一生出てこないであろう台詞を格好良く紡ぐその人は、隣に座る想い人のハートも掴んでいる様子。



「やっぱりここのライティングキレイですよね!」

「気付いたかい。潤いを売りにするならこれくらいは必要だろうと思って交渉したんだよ」



いや、なんか違う。ライティング…?
映像技術の話か?
君島キミさんの話ではない?



「キミ様の格好良さが際立ってついつい見ちゃいます」

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」



君島キミさんの話だった。
ええなぁ、俺も『格好良い』って言われたい。
あの子は割と好きなものには『好き』と言うタイプだが、それとこれとは違う。

行儀悪いのは分かっているがソファの上で三角座りして膝に顎を載せ膨れっ面をしてしまう。
好きな子が他の男を褒めるのはやっぱりオモロくない。
横目で楽しそうに会話する二人を見やる。美形同士並ぶと華があるなぁ。



「おやおや、寿三郎が拗ねちゃったみたいだね」

「え?」



俺の態度に二人が気付いたらしい。
図体のデカい男が体を縮めて横目で見てくるのだ。違和感がすごいだろう。
こんな気付いてくれと言わんばかりの態度、面倒やろな…。



「…じゃあ私は行くよ。機嫌を直してあげなさいね」

「あ、はい…お疲れ様、です?」



俺の態度に何かを感じ取ったのか、君島キミさんが含み笑いをしながら談話室を出て行った。
全部見透かされている…顔から火が出そう。

逆に困惑しながら君島キミさんを見送った彼女が俺と同じように三角座りを始めた。
頬を膝に乗せこっちを向いている。可愛い。



「どうしたんですか?」

「楽しそうに話しとんなと思って」

「ふふ、キミ様は推しなのでお話し出来ると嬉しいんです」

「推し?」

「キミ様の活動を応援してるって意味ですよ」

「ファンってことけ?」

「そういうことです。ご本人には内緒にしてくださいね」



ニッコニコな笑顔の彼女が眩しい。
ファンか…そら目の前に憧れの芸能人がいて、しかもフレンドリーに話してくれるのだ。
嬉しいことこの上ないだろう。



「てことは、君島キミさんのこと好きなん?………あ」



思ってることが全部口から出てしまった。
焦りすぎて口がツルッツルに滑る。格好悪すぎるやろ…。



「芸能人としては好きですけど、リアコではないですよ」

「リアコ?」

「リアルに恋をしている、の略です。すみませんオタク用語でした」



オタク用語なんてものがあるのか。
俺の知らない世界だ。
そして彼女の発言に心拍数が少し落ち着いてきた。
聞いておいてなんだが実は…なんて告白されたら失神してリハビリ施設に送られたかもしれない。



「毛利先輩でいう越知先輩みたいなものですよ。格好いい!尊敬する!でも恋愛対象じゃない、みたいな」

月光ツキさんは男同士やし…」

「同姓でも異性でも同じですよ。見る人全員に恋してたら体も心もいくつあっても足りないじゃないですか」

「確かに…」



めちゃくちゃ納得してしまった。
てことはあれか、俺にとって月光ツキさんは推しなのか?
うーーーん分からん。



「テニス選手でも推しってあるもんなん?」

「どんなジャンルでもありますよ。芸能人やアスリート、人間以外だって推してる人は推してます」

「ほー。自分はこの合宿所の中で推しはいるん?」



ほらまた口が滑った。
こんなん俺って言ってほしいの丸分かりやん…。
気ぃ遣わんでええで、と言いたいけど本心は変わらない。



「私は合宿所箱推しです」

「箱、推し?」

「メンバー全員を応援してるってことですよ」

「全員…」



彼女もここで一緒に生活している仲間。
交流するにつれそれぞれに思い入れが出てくるのも当たり前か。
ただその中でもやはり君島キミさんが一番なのだろう。
悔しくないと言えば嘘になるが、ギリッギリ俺も応援してくれてることが分かって一安心だ。



「あ、でも」

「?」

「合宿前から応援してる毛利先輩は別ですよ。やっぱりテニスしてるときの先輩は目を惹きますね。格好良いです」

「………ホンマ、自分には敵わんわ」



この子は俺の心が読めるんじゃないだろうか。
そう思わないとさっき『格好良いと言われたい』と思ってた俺にこんな言葉をかけるハズがない。
落ち着いたはずの心拍数がまた上がるのを感じ、フニャフニャな顔を隠すために膝に埋めた。



「そこはお前も褒めるとこだろうがぁ!!」

「まあ寿三郎にしては踏み込んだ方じゃないですかね」

「箱推しということは我々のことも応援してくれているということですな、お頭」

「フン、下らん」
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