Genius10

【肩車】


今日はいい天気だ。
こんな日は月光ツキさんとよく散歩をする。
というより散歩に行く月光ツキさんについて行くと言うのが正しいけど。
今日も、と思ったが朝から月光ツキさんの姿が見えない。
別の用事があるのか、もう散歩に出掛けてしまったのか…。

仕方がないので軽くランニングをすることにした。
あの子に格好いいテニスを見せるために努力は欠かせない。
暇があるならトレーニングをして強くならなければ。

走り始めてしばらく、遠くに見知った想い人の背中を見つけた。
近くの木を見上げているようだ。
そしてその足元にこれまた見知った月光ツキさんがしゃがんでいる。
…何してるんやろ。



「では行くぞ」

「はい、お願いします」



すると突然月光ツキさんが彼女の足の間に頭を突っ込んだ。
あまりに唐突すぎて叫びそうになった。
え、何…待ってまだ午前中やしここ外やし…。
いやそれよりも何しとんねーん!!!

彼女を助けなければと全力ダッシュする俺。
距離は多分100mくらい。間に合え!
と思ったその時、しゃがんでいた月光ツキさんが立ち上がった。
相対的に彼女が持ち上がっていく。



「か、肩車…」



力が抜けて走るのをやめた俺に気付かない二人は、さっき彼女が見上げていた木に近付いていく。



「いけそうか」

「あと少し…よし!捕獲しました!」



そう言った彼女の腕の中にはまだパヤパヤした毛を生やした仔猫が1匹。
どうやら降りれなくなった猫を救出していたらしい。
……邪なことを考えていた俺を誰か殴ってほしい。



「毛利、そこで何をしている」

「へぁ!?」



驚きすぎて変な声が出た。
依然肩車したままの月光ツキさんがこっちを見ている。



「急ぎでないのなら少し手伝ってくれ」

「あ、はい!」



慌てて近寄ると月光ツキさんの上にいる彼女から猫を差し出された。
肩車から降りる間持っておけとのことらしい。
そして肩車を解消した二人が事も無げに戻ってきた。何やこの敗北感…。



「ありがとうございました」

「いや、ええんやで…」

「この子、越知先輩にビックリして高いところに登って行っちゃったんです」

「それであんなとこおったんやな」

「………」



月光ツキさんがしょんぼりしている。
前々から動物にはよく逃げられるが、本人は動物好きだから堪えるのだろう。
そんな月光ツキさんに彼女が猫を近付ける。



「先輩、今なら撫でられますよ」

「しかし…」

「私が頭周辺を撫でますから、背中側を撫でてあげてください」



彼女のアドバイスに従い月光ツキさんが猫の背中に手を伸ばす。
パヤパヤした毛が撫でられると、猫の喉がゴロゴロと鳴った。
それを聞いて二人とも安心したのか目を合わせてニコリと微笑む。

……この空間尊すぎん?
猫、月光ツキさん、彼女の三種の神器が揃ったらこの道端も聖地になるんか?
このままこの神々しい光に包まれ続けたら汚れた心の俺は蒸発してなくなるかもしれん。



「……ぃ。…先輩。毛利先輩?」

「は!?え、あ…何?」

「先輩も仔猫触ります?」

「ねこ、おん…触る」



彼女の腕ですっかりくつろいでいる猫が「触らせてやってもええぞ」という顔でこっちを見ている。
…くそぅそこは俺の場所(希望)やぞ。
とはいえ拒否されてなさそうなので背中を撫でてみる。
ホワッホワの毛がくすぐったい。
猫も満更じゃないのかまた喉をゴロゴロと鳴らしている。



「ふふふ、たくさん撫でてもらえて嬉しいね」

「ミヤァ」



猫と会話できるんかこの子。
というか今の台詞、めっちゃ良いお母さんになりそう。
あぁ~また邪な妄想が…。

しばらく三人で仔猫を堪能した後、最初に見つけたという茂みに放してやった。
月光ツキさんが満足そうな表情をしている。よかったよかった。



「また遊びに来てくれると良いですね」

「そうだな」

「あのフワフワな毛並み、もうすでに恋しいです」

「フワフワ…」



何故か月光ツキさんが俺をジッと見ている。
俺というより…俺の髪を。



「毛質は違うかもしれないが、毛利の髪はフワフワしているぞ」

「あっ、確かに」



二人の手が俺の頭に伸びてくる。
ちょ、と声が出る前に両サイドから頭を撫でられてしまった。
片方は大きくしっかりした手が。
もう片方は細くて柔らかい手が。

めっちゃ恥ずかしい。



「あのー、お二人さん…」

「やはり違うな」

「違いますけど、このフワフワも手触りが良くて好きですよ」

「っ………!!!」


彼女が指を髪に絡ませフワリと笑ったのをガッツリ見てしまい、嬉しさと恥ずかしさが爆発して俺はその場に倒れ込んだ。



「なんでこんなとこにヤム○ャ落ちてんだよ」

「急に倒れた。あとこれは毛利だ、ヤ○チャじゃない」

「先輩すみません!髪を触るなんて失礼を…」

「あっ(察し)」
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