短編

「僕何回も起こしたんだけど」
朝から駄菓子を食べながら呆れ顔の乱歩さん。
「聞こえてなかったら意味無いんです!」
「へぇ、口答えするんだ」
最後の一枚を食べ終わるのを見届けもせず、私は慌てて家を出た。


「…此れ今日必要な奴じゃないの?全く、僕が居ないと何も出来ないんだから」


*****


「国木田さん、あれに乗りたいです!」
彼女が指差すのは背中から落ちるジェットコースター。
目を輝かせる彼女とは対に見るだけで血の気が引く。
「仕方無い、一回だけだぞ」
そう云った事を待ち列で後悔するが止めるとは云えず。

「大丈夫ですか?」
「今度から一人で乗ってくれ…」


*****


熱で暫く寝付けず、漸くウトウトしたと思ったら呼び鈴がけたたましく鳴らされ飛び起きた。
「…どちら様?」
「やあ、元気?」
重い体を引き摺り扉を開けた先にはヘラリと笑う乱歩さん。
「如何見ても元気じゃないです…」
「だよね!そう思って、はい」

急に冷たい感触が頬にくっついた。
*****


「…ゼリー?」
「其れなら食べれるでしょ」
そう云いながら勝手に部屋に上がる彼は私を抱き上げて寝室へと向かう。
「僕今日凄く暇だったんだから」
私を布団に降ろし袋からスプーンを出しながら口を尖らせる彼。
「さっさと復帰してよね」

膨れっ面の頬の赤みは見て見ぬふりをした。


*****


「コルァ!乱歩を虐めるな!」
他人と話が噛み合わなくて学校で虐められていた僕を、何故か此の子は毎日助けてくれた。
女の子なのに殴り合いの喧嘩なんてしょっちゅう。
「ねえ、僕別に困ってないんだけど」
でも彼女は決まってこう云うんだ。

「あたしの気が済まないの!」


*****


「服も顔もボロボロじゃん。お嫁に行けなくなるよ」
厭味の心算で云ったのに、彼女は恥ずかしげも無く
「其の時は乱歩が責任取ってよね」
なんて云う。
「覚えてたらね」
「約束ね」
「覚えてたらって云ってるじゃん!君は莫迦なの?」


二十年先に実現するなんて、此の時は推理出来なかった。


*****


「人虎」
「芥川。あ、娘ちゃんも一緒だ」
芥川の腕に抱かれた父に髪色の似た娘に笑い掛ける敦。
「じんこ!」
「うーん…君には名前で呼んで貰いたいなあ」
自分の名前を教えて呼ばせてみる。
「あちゅし?」
「そう!それで呼んで…」
「人虎」

「娘をたぶらかすな」
「親バカになったね芥川」


*****


何時もは引っ張り揚げる側の私が今日は川を流れている。
「一寸、何してるの!?」
流れて数分で太宰さんに発見され引き揚げられると、彼は大粒の涙を溢していた。
「君が…居なくなるかと」
「私も何時も同じ気持ちなんです。判って貰えました?」

コクリと頷く彼をギュッと抱き締めた。


*****


「出来たぞ」
目の前に見た目も完璧で美味しそうな料理が出てきた。
流石国木田さんだ。
一口食べると言葉に出来ない程美味しくて無言で噛み締めていると、向かいで彼が眉間に皺を寄せて此方を凝視していた。
「すっごく美味しいです」

「当たり前だ」
そう云う彼の眉間の皺は解かれていた。


*****


「あ、あの…貴女の事が…」
目の前の見知らぬ男性に告白されそう。
如何断ろうかと困っていると男性の肩に手が乗った。
「生憎彼女は俺の連れだ。他を当たってくれ」
背の高い彼の威圧感に負けて男性は去って行った。

「有難う独歩さん」
差し出された手を取れば安心した表情。


*****


御免な、と貴方が口にする度に涙が溢れて止まらない。
貴方は居なくなってしまうの?
消えゆく姿に名前を呼んだ処で
「織田作っ…!」
目が覚めた。
「呼んだか」
寝室の扉を開けて出てきた貴方に、無意識に抱き着いていた。

「朝飯出来てるぞ」
「織田作のそう云う処好き」
「そうか」


*****


「彼は意外と綺麗好きなの」
白衣はボロボロなのにね、と笑う女性に微笑を返す中也。
「それで、式は洋装か和装か何方にします?」
「洋装が良いわ。彼のタキシードは白衣に似せるわ。きっと緊張しなくなるから」
「本当、俺の部下は良い嫁さんを貰いましたよ」

「幸せにしてやれよ、梶井」


*****


「作之助、明けましておめでとう」
そう云われ振り向いた俺は吃驚した。
「和装…振袖か?」
「お正月だから…作之助の和服も素敵だね」
何時もの笑顔なのに少し妖艶に見えて、思わず抱き締めてしまった。
「如何したの?」
「…誰にも見せたくない」

本心からの言葉に、笑い声が重なった。


*****


※バレンタインポストお題
「乱歩さんの本命逆チョコ」

何時もはお菓子は全て僕の物!と豪語する乱歩さんがお菓子の箱を差し出すなんて、今日明日は豪雪では無かろうか。
「何呆けた顔してるの、早く受け取ってよ」
「でも…」
「今日が何の日が知らない訳じゃないだろ」

「こんな事するの君だけだから、ちゃんと覚えておいてよね」


*****

※ホワイトデーポストお題
「中也さんがお疲れさんと言って渡してきたチョコ」

「最近夜遅くまで部屋の電気点いてるが何してんだ?」
書類仕事中に幹部に話し掛けられた私は慌てて姿勢を正す。
「あ、その…私まだまだ知識が足りないので、勉強を…」
呆れられるかと思ったら頭の上に何か乗った。

「頑張ってんだな、お疲れさん」
そのチョコは何時もより甘い気がした。


*****

※ホワイトデーポストお題
「ポオ君が勇気を出して彼女に渡したチョコ」

手作りのお菓子なんて何時振りだっただろうか。
こんなにも幸せな気持ちになる物なのだと初めて知った。
だから自分も何か作りたかったのだが…。
「失敗して、結局既製品である…」
恐る恐る箱を差し出すと、彼女は頬を染めて箱を胸に抱えてくれた。

渡す側も幸せになるのだと初めて知った。


*****


目の前でヒラヒラする敦君の腰紐を徐に掴んでみた。
「…何してるんですか」
「敦君、反応が薄いよ。猫なんだからこう『に゛ゃ!』とか云わないと」
「僕は虎です!」
諫められ腑に落ちず膨れると、彼が戻って来て顔を近付けた。

「な…!」
「猫は気まぐれなんです」
「虎って云った癖に…」


*****
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