壱頁完結物

「今日は、太宰さん居ない…」
「嗚呼、何処かの川を流れているだろうがな」
探偵社に何時ものお使い。
毎回ちょっかいを掛けて来る太宰が珍しく留守の様だ。
「其の代わり此のメモを渡してくれと」
目の前に出された紙を受け取り中を見る末妹。

「“アジトまで寄り道せずに帰るんだよ”…?」



*****


太宰さんの意図が解らなくて怖いが、云い付けを守らなかった時も怖いので大人しくアジトに帰ると広津さんに話し掛けられた。
「おや、戻られましたか」
「只今」
「今しがた芥川さんから手紙を預かりまして」
そう云うと懐から紙を差し出した。

「”近くの川に来い“…?」


*****


“近くの川”であろう場所に行くと、龍兄が河川敷に座っていた。
「龍兄」
「嗚呼来たか」
声を掛けると立ち上がった龍兄はポケットを探っている。
「こんな処で如何したの?」
するとポケットから出て来た手には紙が握られていた。

「先刻太宰さんに渡された」


*****


其の手紙には
「“此の先の墓地で待ってる”」
の文字が綴られていた。
「墓地…?」
不安になって龍兄を見上げると、大好きな優しい顔で頭を撫でてくれた。
「太宰さんはお前が思う程怖い人ではない」
「龍兄は一緒に来てくれないの?」
「嗚呼、一人で来させろと」

背中を押され墓地へと向かう。


*****


太宰さんは何となく予想していた場所に座り込み、墓石に背を預けていた。
「……太宰さん」
「やぁ、待ってたよ」
何時もと変わらない笑顔に反射的に後退ると困った顔に変わる。
「織田作と一緒なら怖がらないと思ったのだけど」

太宰さんが背凭れにしていたのは織田作のお墓だった。


*****


其れから暫く無言が続いた。
何時もなら直ぐに逃げ出すのだけど、今日は逃げたら織田作に
「少し位喋ってやれ」
と怒られそうで足が動かせない。
「矢張織田作は凄い」
不意に口を開いた太宰さんは寂しそうにお墓を撫でた。
「君は織田作が大好きだったものね」

ふと昔を思い出す。


*****


織田作を驚かそうとして天衣無縫を使われ失敗した事。
外に出る時は一緒に出掛けてくれた事。
何時か行き付けの咖喱屋さんに連れて行って貰うと約束した事。
太宰さんと喋る時は何時も間に入ってくれた事。
私にとって織田作は第二の兄のようだった。

彼が死んだ理由を私はまだ知らない。


*****


「太宰さん」
「何だい」
「織田作は如何して死んじゃったの」
誰に聞いても教えて貰えなかった。
唯一知ってそうな太宰さんと安吾さんは揃って姿を消し、若しや二人が、と不吉な事を考えたりもした。
「大声で話す様な事じゃないから此方においで」

歩を進める体は織田作に背中を押される様。


*****


事の顛末は私の知らない事だらけで正直付いて行けなかったけど、織田作が最期まで優しかった事だけは理解出来た。
「太宰さんは織田作に云われてマフィアを抜けたんだね」
「そうだよ」
そう呟く太宰さんは何処か遠くを見つめていて。

まるで視線の先には織田作がいるみたい。


*****


「…今の太宰さん、織田作みたい」
「其れは如何云う意味で?」
「優しい顔してるから」
私の発言に太宰さんは酷く驚いたが、直ぐに嬉しそうに笑った。
「君が私を優しいと云うのは初めてだね」
「探偵社で会った時からずっと思ってたけど云えなかった」

「昔の太宰さんと違い過ぎて怖かった」


*****


昔の太宰さんはマフィアの幹部として龍兄に厳しく当たっていた。
失敗を許さない冷たい目を見る度に背筋を凍らせ、龍兄や銀姉の安否を心配していた。
そんな時に織田作が心の拠り所になってくれた。
此の人の傍なら安心、そう思ってた。

そんな織田作が居なくなって、太宰さんも居なくなって


*****


そして再会した太宰さんはまるで織田作が中に居る様に優しくて、でも龍兄には未だ厳しく当たる。
私には優しく寄って来る太宰さんに、織田作と同じ様に手を伸ばせば良いのか逃げ続けるべきなのか解らなかった。
だから私は太宰さんが怖いと云い続けていたんだ。

ふと、手に水滴が落ちた。


*****


「私の言動が君に其処まで影響与えていたなんて思わなかった」
太宰さんが手首の包帯で私の水滴を拭ってくれた。
「でもそうか、織田作みたいか」
其の顔は矢張嬉しそう。
「人を救う仕事をするなら織田作みたいにと思っては居たのだよ。君に伝わってて嬉しい」

其の目にも雫が浮かんでいた。


*****


「だから君にも、織田作の様にとまではいかないかもしれないが仲良くして欲しいと思っているのだけど」
まだ怖い?と顔を覗き込んで聞いて来る。
まだ気持ちの整理が着かないのが正直な処だけど、今の太宰さんは今までで一番怖くなかった。


「一寸ずつで佳いなら、仲良く…出来るかも」


*****


「太宰さん!」
後ろから太宰さんを呼ぶ声が聞こえた。
「人虎?」
「あーあ、時間切れか」
溜め息を吐く太宰さんと人虎を交互に見やると人虎も此方に気付いた。
「あれ、妹ちゃんと一緒だったんですか」
「嗚呼、一寸ね」

不思議そうな人虎に微笑む太宰さんは、矢張織田作に似ている。


*****


「帰りましょう太宰さん」
「えー」
口を尖らせてチラリと此方を見る太宰さん。
何か云って欲しそうだから
「織田作はちゃんと仕事してたよ」
と云うと尖った口がポカンと開く。
「君には敵わないな」
眉を下げた太宰さんは人虎と去って云った。

私も河川敷で待ってる龍兄の処へ踵を返した。


*****


数日後、また探偵社を訪ねて鏡花ちゃんや人虎と話していると太宰さんが自分の席で手を振って来た。
大分動揺したけど、勇気を出して手を振り返す。
すると太宰さんが大きな音を立てて立ち上がり大股で此方に近付いて来た。
「ひょぇ」

後退る私の退路は壁に阻まれ、顔の横には太宰さんの手。


*****


「なな何ですか…」
ビクつく私に太宰さんの顔がどんどん迫ってくる。
「だ、だじゃ…」
「今日は途中まで送って行くから勝手に帰らないでくれ給えよ」
「ほぇ?」
呆気に取られる私を余所に気が済んだのか太宰さんは席に戻って行った。

「大丈夫?」
「やっぱり太宰さん怖い…」


*****


太宰と末妹が探偵社から出て行ったのを乱歩が棒突き飴を舐めながら見送る。
「あれは惚れたな」
「何がです」
乱歩の言葉に国木田が反応する。
「太宰が彼の子に惚れたって話だよ」
「…は?」
「一寸懐いたのが余程嬉しかったんだろうね」

名探偵に其処まで知られている事は後日知ることになる。



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