壱頁完結物
魔都ヨコハマと云われる此の町でも平和な日があるものだなぁ、と辺りを見回し散歩に勤しむ一人の男性。
特徴的な白い帽子にすれ違う人の視線が刺さる。
異国の出で立ちの彼はふと、目の前を通り過ぎる少女に目を留めた。
「確か彼女はポートマフィアの…」
思わず出た声に少女が反応し、近付いてきた。
*****
「如何かしましたか?」
毛先だけ白い黒髪をフワリと揺らし、書類袋を持った少女が話し掛けて来た。
「お気遣い有難う御座います。貴女を何処かで見た事がある気がしただけです」
「私を?」
「ええ、でも人違いでした」
「そうですか」
少女ははにかみ乍ら袋を持ち直す。
「其れは何を持っているのですか?」
*****
「お仕事の書類で、これからお届けに行くんです」
「そうですか。貴女は仕事熱心ですね」
褒められて嬉しいのか少女の頬がほんのりと染まる。
「此処で会ったのも何かの縁です。良ければ途中までご一緒しても?」
「はい、是非」
肩を並べる男性が鼠の頭目とも知らず、少女は歩き出した。
*****
「不思議な形の帽子ですね」
道中、少女が男性の頭を指差した。
「ぼくの国では普通ですが、此処では珍しいかもしれませんね」
「何だかウサギみたい」
片手でウサギの耳を模すと、男性はクスクスと笑い始めた。
「あれ、なんで笑うんですか…」
「否、貴女が可愛らしかったのでつい」
男性は帽子を脱いだ。
*****
「被ってみますか?」
「良いんですか?」
「ええどうぞ」
そう云い乍ら男性は自分の帽子を少女に被せた。
途端視界が半分ほど隠れてしまい慌てる少女。
「少し大きいようですね。でも似合っていますよ」
「ありがとうございます」
帽子をずらし視界を開いた少女は、目の前の男性の笑みにつられ広角を上げた。
*****
「そうだ、その帽子差し上げましょう」
「え?でも…」
急な提案に慌てて帽子を脱ごうとする少女を制する男性。
「今日は貴女のお陰で穏やかな日を過ごせましたので、そのお礼です」
「そんな…でもタダで戴くわけには」
云い終わるが早いか、頬に温かい感触がした。
*****
「たまには散歩も良いものですね。では」
突然の事に放心する少女に手を振り、男性は消えるように去っていった。
茫然と見送った少女が我に帰り時計に目を落とす。
「いけない!時間に遅れちゃう!!」
顔を真っ青にした少女は白兎の如く駆け出し、書類の届け先—武装探偵社を目指した。
*****
「…妹ちゃん、此の帽子如何したの」
何とか時間通りに仕事を終えた少女—芥川の末妹は太宰に帽子を取られていた。
「返してよ太宰さん!」
「私此れによぉく似た帽子を持っている知人が居るのだよ。真逆君、彼に会ったんじゃないだろうね…ん?」
帽子の中を覗いた太宰は紙を一枚取り出した。
*****
そこには丁寧な筆記体でこう綴られていた。
「先日私と君は似ていると云いましたが、彼女が可憐で愛しいと思う処は確かに似ているかもしれませんね」
太宰の顔から血の気が引く。
「い、妹ちゃん!」
「なぁに?」
「…良いかい、此の帽子の男とは二度と会ってはいけないよ」
「如何して?」
*****
「彼は私に似ているのだよ。兎に角危険だ」
「心中に誘ってくるの?」
「(え、そこ?)…否、其れよりもっと酷い事をだね」
「ふぅん?あ、でも外国の人だからかな、別れ際にほっぺに接吻されちゃった!」
「え」
「矢張りまた会いたいなぁ」
「ちょ、妹ちゃん!?」
悔しさの余り太宰は早退した。
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