壱頁完結物
「本当に此のお着物貰って良いの?」
「私では背丈が合わんでの。其れにお主によう似合うておる」
姿見の前で何度も自分の姿を確認する芥川の末妹。
紅葉に着付けて貰ったようだ。
「お着物普段着ないから嬉しい!有難う紅葉さん!」
満面の笑みを浮かべた末妹は其の格好で仕事に向かった。
*****
「明けましておめでとう御座います」
辿り着いた探偵社では新年会が行われていた。
普段着の者も居るが、正月気分を味わいたいのか和服の者も数人居る。
「鏡花ちゃん新しい振袖だ!」
「今日の為に取っておいた」
「素敵!似合ってるよ!」
「貴女もよく似合ってる」
はしゃぐ女の子に社内が和んだ。
*****
「本当に素敵な着物だね。姐さんに着せて貰ったのかい?」
鏡花が料理を取りに行った直後、太宰がお猪口片手に近付いて来た。
「うん!お着物も貰ったの!」
「彼の人は女の子に甘いなぁ」
お猪口を傾け乍ら苦笑すると、末妹は立ち上がってクルリと回って見せた。
「似合う?」
「とても似合ってるよ」
*****
「何だか太宰さん、顔赤いよ?」
「如何やら酔っ払ってしまったみたいだ」
よろけて見せると末妹は慌てて手を貸す。
「大丈夫?お水飲む?」
「うーん、少し涼しい処に行きたいな」
連れ立って部屋を出る二人を見た名探偵が栗きんとんを食べ乍ら呟いた。
「太宰があの量の酒で酔っ払うわけないじゃん」
*****
二人が辿り着いたのは医務室だった。
寝台の一つに隣り合って座ると、太宰が肩に凭れて来る。
「本当に大丈夫?」
「少しマシになってきたよ。有難う」
擦り寄るついでに腰に手を回され、末妹は少し飛び上がった。
「後免ね、吃驚した?此の方が体勢が安定してね」
「そうなんだ」
「君は本当に純粋だねぇ」
*****
「其れにしても本当に綺麗な着物だ。広げた姿を見たかったよ」
「今度写真で送ってあげる」
「有難う…でも、今見たいなぁ」
腰の手がゆっくりと上がり、帯紐に触れる。
「帯も大層素敵だろうね」
「え、えっ?」
「嗚呼、結びが緩くなっているね。やり直してあげよう」
「だ、太宰さん…?」
*****
「うーん、矢張り一度ほどいた方が良さそうだ」
「でも…」
「大丈夫、着付けには自信があるから」
「…本当に?」
困惑した表情での上目遣いに、太宰がニヤリと笑った。
同時に腕を引っ張られ末妹は背中から寝台に着地する。
「…!?」
「可愛いねえ妹ちゃん…ほら、もっとよく見せて…?」
*****
「見せない」直後、ギラリと刃物が光った。
鋭利に研がれた其れは太宰の頸動脈にピッタリと添えられ、唾を飲み込むだけでも刃で切れてしまうだろう。
「鏡花ちゃん!」
「平気?」
「うん。帯取れちゃったけど…」
視線の先には広げられた帯。
「おやおや、愉しそうじゃあないかい!!」
*****
「…与謝野先生」
「妾の医務室で何をする心算だったんだい?ええ?」
「女の子に乱暴だなんて、そんな事する人だと思いませんでしたわ」
「ナオミちゃんまで…」
探偵社の女子二人が物騒な物を持ち真っ黒な笑みを浮かべている。
「此方、帯締めてあげる」
太宰を二人に渡し、鏡花は末妹の腕を引いた。
*****
「与謝野先生、私異能が効かないんですよ」
「そんな事遠の昔に知っているさ」
「じゃあ…あの、其の鉈は…」
「医務室を荒らした“罰”だよ」
「最近大人しいから見逃していましたが、今日は赦しませんわ」
「…嘘でしょ?」
「此れが嘘に見えまして?」
高々と振り上げた金属バットに太宰の絶叫が重なった。
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