壱頁完結物

「お兄様!」
「わぁ!急に抱き付かないでよナオミ!」
探偵社では今日も谷崎兄妹がイチャついている。
別に私は女性に困って居る訳ではないが、矢張羨ましくなるものだ。
「何処かにああ云う事をしてくれる美女は居ないかなぁ」

国木田君が何か叫んでいるのを聞きながら私は外に出た。


*****


街をふらついていると見覚えのある後ろ姿が見えた。
「あれは芥川君の妹ちゃんじゃあないか」
先日探偵社に来た時は挙動不審で私を警戒していたけれど今日は大丈夫だろう。
「やぁ、奇遇だねえ」
肩を抱きながら顔を覗き込むと。

「えっ…だ、だざっ…えっ」
今日も挙動不審だった。


*****


「ひぇ」
先日と同じ様な悲鳴を上げて荷物を落とす妹ちゃん。
顔は真っ青だし、何がそんなに怖いのだろう。
動かない彼女の代わりに荷物を拾い上げる。
「一人で買い物かい?駄目じゃないか誰か付けないと」
「ひぃ」
…あれ、なんか泣いてない?

もしかして私、怖がられてる?


*****


「此処に居たのか…太宰さん?」
「やぁ芥川君」
佳かった、助け船が来た。
私の手をすり抜けて自分の胸に飛び込む妹をしっかりと支え、頭を撫でてあげている。
佳いお兄ちゃんになったねえ。
「龍兄…太宰さんが…」
「嗚呼、怖かったな」

…目の前で云われると流石に傷付くのだけど。


*****


「私…その子に何かしたかな。前も怖がられてた気がするのだけど」
「済みません、妹は太宰さんが苦手な様で」
「如何して?」
「其処までは僕にも…」
依然として震え続ける妹を困った顔で撫で付ける芥川君が少々羨ましい。

何とかして妹ちゃんに懐いてもらいたい。


*****


「如何したら怖くなくなるのかな」
「さあ…」
此方など見向きもしない妹ちゃんは大分手強そうだ。
「龍兄、あのね…」
すると急に妹ちゃんが喋り出した。
「さっき、荷物落としてね…」
「嗚呼、太宰さんが拾ってくれて居たな」
「卵、割れちゃった…」

「太宰さん、卵買って来て下さい」


*****


真逆使いっ走りにされるとは思ってもみなかった。
何とか買い終えた卵を持って戻ると、何故か叱られた様にしょげた顔の妹ちゃんが居た。
「おや、芥川君は如何したんだい?」
「仕事が入ったからって行っちゃいました…」
その手には沢山の荷物を持っていて。

「怖がらせたお詫びに運ぶよ」


*****


其れから根気佳く話し掛けると、少しずつだけど返事を返してくれるようになった。
「さて、此処までで佳いかな?」
「はい、有難う御座いました」
礼儀正しく頭を下げる妹ちゃんの頭を興味本位で恐る恐る撫でると
「太宰さんって手が大きいんですね」

初めて見た笑顔に何かを射抜かれた。


*****


「あの時の妹ちゃん、可愛かったなぁ」
「思い出に浸る暇があるなら仕事をしろ」
国木田君の説教も耳に入らない程、今の私は上機嫌だった。
「あ、お客さんだ」
玄関へと向かう敦君に暇なので付いて行くと…
「妹ちゃんじゃあないか!」
「ひぃぁ」

如何やら懐いて貰うのは先が長そうだ。


*****


「ひぇぃ…」
「此の前は頭撫でさせてくれたのに…」
探偵社から帰ろうとする芥川君の妹ちゃんを引き留めるとまた変な悲鳴を上げて固まってしまった。
「何してるんですか太宰さん」
「芥川君の妹ちゃんが懐いてくれないのだよ」
「此の子、芥川の妹なんですか?」

物珍しそうに凝視する敦君。


*****


「…人虎?」
「あ、本当だ」
自分の呼び名で納得した敦君は戸棚からお菓子を出して来た。
「太宰さんが驚かせて御免ね、此れあげる」
ケエスに入った和菓子を貰った妹ちゃんは目を輝かせる。
「人虎善い人!」

…敦君に懐いた気がするのは気のせいかな?


*****


「またね人虎!」
「気を付けて帰りなよ」
「うん!」
大事そうにお菓子を持って妹ちゃんは帰って行った。
「ねえ敦君」
「何ですか」
「君には随分すんなり懐いたね…」
「お菓子あげただけですよ」
「如何して私には懐いてくれないのかな…」

「日頃の行い…?」
「敦、もっと云ってやれ」



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