壱頁完結物
「妹ちゃん…今の話は本当かい…」
「うん。中也さんからも聞いたでしょ?」
「否、うん…そうなんだけどね…」
顔面蒼白の太宰が芥川の末妹の肩を掴む。
「如何してもやるの?」
「だってお仕事だもん。初めてだけど頑張る!」
「君が色任務なんて気が可笑しくなりそうだ…!!」
*****
標的は政府の中に紛れ込んだ反政府組織の潜入捜査官。
表立って動けない特務課に替わり探偵社とポートマフィア合同で標的を捕らえる事となったのだ。
「普通に捕まえて拷問すれば良いじゃない」
「ミミックみたいにすぐ自決するんだって」
「あー…」
やる気満々の末妹に冷や汗が止まらない。
*****
今回標的は二人、鏡花と末妹で捕らえる予定なのだが
「其の人選は何で決まったんですか?」
敦の問いに苦い顔の侭太宰が答える。
「今回の標的の守備範囲が、十六歳以下だからだよ…」
「えっ」
その事を聞かされているのかいないのか、飄々とした末妹は太宰の不安を増幅させた。
*****
当日、二人は政府主催の招宴に出席した。
少し背伸びしたワンピースを身に纏った末妹は少し緊張しているようだ。
「嗚呼…なんて可憐なんだ…今直ぐこんな処から連れ出」
「莫迦云ってねぇで見張れ放浪者」
蹴られる寸前でかわした太宰はやる気なさそうに振り向いた。
「君は元気だねえ中也」
*****
二人が静かに云い争いをしている間に、鏡花が一人目の標的に接触した。
続いて末妹も二人目と接触する。
「あんなに気安く触れるなんて万死に値するよ」
「ピーチク騒いでねえで末妹を追い掛けやがれ。譲ってやるから」
「…何か企んでるね」
「さぁな」
「上手くやれよ、末妹」
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末妹は意外にも順調に標的と打ち解けていた。
核心の話はしないものの相手の素性は大体掴めている。
「妹ちゃん…いつの間にあんなスキルを…」
自分の時は打ち解けるのにあれだけ時間が掛かったのにと標的に嫉妬する太宰。
「サッサと吐かせて一刻も早く連れて帰ろう…」
*****
其の後、末妹は招宴会場に隣接したホテルの一室に連れて行かれた。
「大きいホテルだね!何階に行くの?」
「最上階だ。誰にも邪魔されずヨコハマの夜景が一望出来るよ」
「すごーい!楽しみ!」
「君は本当に良い反応をしてくれる」
「此方太宰、標的はホテルの最上階に移動中」
「芥川了解」
*****
「わー綺麗!」
「そうだろう。最近は大人びた若者が多くて反応が薄くてなぁ」
「皆感動しないの?」
「そうだね」
「…如何して?」
末妹の声色が変わった瞬間、標的は扉の鍵を内から閉めた。
「君と違って此れからされる事が判っているからさ」
下品な笑みを浮かべ標的は末妹に襲い掛かった。
*****
「うーん、こうも作戦通りだと確かに面白くないなぁ」
末妹は呑気にそう云い放った。
標的の動きがピタリと止まる。
「…作戦だと?」
直後、閉めた筈の扉がけたたましい音を立てて開き、気を取られた標的の鳩尾に末妹の蹴りが炸裂した。
「龍兄!太宰さん!」
「ご苦労だった」
「心臓が痛い」
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「核心の部分は僕と太宰さんが担当する」
「えー、もうお仕事終わり?」
「君は充分頑張ってくれたよ」
労う太宰の言葉を書き消すように標的が不気味に笑い始めた。
「俺の何が知りたいのか知らんが、俺は自決の薬を…」
「薬って此の事?」
笑顔の消えた太宰の手にはカプセルが握られていた。
*****
「先刻吐き出したじゃない。妹ちゃんの蹴りで」
「…!」
「嗚呼厭だ気持ち悪い。ほら芥川君」
「承知した」
芥川は黒獣に薬を食わせた。
「さぁ、私に尋問勝負で勝てた者は一人も居ない。覚悟するんだね」
「私もお手伝いする」
「君はお兄ちゃんと待ってなさい」
末妹は兄の外套の下で拗ねた。
*****
「妹ちゃんが口を利いてくれないのだけど」
招宴会場に戻った太宰は不服そうに中也に愚痴った。
「そりゃ、今回は彼奴の諜報員の資格を見る云わば試験だったんだからな」
「は?じゃあ私は其れを邪魔したって事?」
「そう云うこった」
「…嵌めたな」
「手前がポンコツなんだよ、諦めろ」
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