壱頁完結物
とある日の休日、芥川は一人昼の街を歩いていた。
何時もの長外套ではなく、何処にでも居る今時の若者の格好をしている。
不意に立ち止まり辺りを見回した彼はゆっくりと一人の人物に近付いた。
「待たせたか」
「あ、龍兄!私も今来たとこ!」
如何やら妹と待ち合わせをしていたようだ。
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「外で待ち合わせずとも、共に家を出れば良かったのではないか?」
「良いの!お外で待ち合わせしてみたかったんだもん!」
「…お前がしたいなら其れで構わぬが」
ずい、と腕を差し出すと妹は嬉しそうに自分の腕を其れに絡める。
「一緒にお出掛けなんて久し振りだね!何処行こっか?」
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「ぐぬぬ…芥川先輩と腕を…」
木陰から半分だけ顔を出し、樋口は羨ましそうに二人を見つめた。
「私も芥川先輩と腕を組みたいなぁ」
「全く其の通り…って、え!?」
横から聞こえた声に吃驚して振り返る。
「やぁ美人さん」
「だ、太宰さん…」
「君、尾行なんて大胆な事するじゃないか」
*****
「尾行だなんて!私は偶々二人を見掛けただけで…太宰さんこそ如何して此処に?」
「私かい?今日妹ちゃんと出掛けようと思ったら先約があると断られてね。誰と出掛けるのか気になって見に来たのだよ」
なんだ芥川君かと安心する太宰を凝視する樋口。
「其れは尾行じゃないんですか…?」
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そんな二人など露知らず、兄妹は会話をし乍ら人混みを掻き分けていく。
「銀姉も来れたら良かったのにね」
「任務が入っては仕方無い」
「無事に帰って来てくれるよね?」
「無論だ、銀は強い」
ハッキリと云い切る兄に妹は嬉しくなってはしゃぎ出した。
「銀姉へのお土産買おうね!」
「嗚呼」
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暫く色んな店を転々とし、芥川の手には複数の紙袋が握られている。
「帰ったらファッションショーだね!」
「僕はせんぞ」
「えー!やろうよー」
ねぇねぇと腕に絡み付く妹に兄は苦笑する。
「次出掛ける時の楽しみが無くなるぞ」
「ハッ、それもそっか!」
「こう云う時は妹が単純で助かる…」
*****
少しして、足休めにと二人は若者が集まるカフェに入った。
珈琲を頼む兄の横で妹は頻りにメニューを目で追う。
「チョコも美味しそう…でも期間限定の苺も捨て難い…」
「早く決めろ」
「うぅ…だってぇ」
困り顔で兄を見上げる妹に、店員が微笑ましそうに笑う。
「僕が決める」
「待って!!」
*****
「甘やかしてしまった…」
項垂れる兄の向かいでは、小さなカップを二つ持った妹の姿。
「どっちも美味しい!有難う龍兄!」
「其れは重畳」
結局決め切れない妹に痺れを切らした兄は両方買い与えてしまったのだ。
「後で銀に叱られるな…」
兄の苦悩など知らず、妹はストローに口をつける。
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「龍兄、一口もいらないの?」
「甘い物は好かぬ」
「美味しいのに」
苺味を吸い口を尖らせる妹は兄と一緒に飲みたかったようだ。
「此の美味しさを共有したい…」
「なら私に一口頂戴?」
そんな声が後ろから聞こえ、妹はストローを口にしたまま振り返った。
「太宰さん…」
「太宰さんだ!」
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「やあ、奇遇だね」
「昨日はお誘い断っちゃって御免ね」
「気にしないで」
にこやかに笑う太宰に兄が少しだけ顔を顰める。
(度々感じた視線は太宰さんだったか…)
然し其の考えは咳で吐き出すだけに留めた。
目の前では妹が太宰にカップを差し出している。
「太宰さん、此れ飲んでみて!」
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「ではお言葉に甘えて」
カップを受け取った太宰は少しストローの先を見つめてから軽く中身を吸った。
苺の甘酸っぱい酸味が口に滑らかに広がっていく。
「おお、此れ凄く美味しいね」
「でしょ!?龍兄も飲んでみればいいのに」
またストローに口を付ける妹に太宰が怪しく微笑んだ。
*****
其れから太宰も混じって三人で話していると、気付けば窓の外が橙に染まっていた。
「あ、もうこんな時間」
「あっという間だったねえ」
「そろそろ帰らねば銀が帰って来る」
「お土産喜んでくれるかな?」
紙袋の中身を見て楽しそうに笑う妹に二人の顔も緩む。
太宰はゆっくりと妹に近付いた。
*****
「妹ちゃん、今度のお休みはもう予定入ってる?」
「今度のお休みは…まだ何も入って無いよ」
「じゃあ、今度こそデヱトに誘っても良いかな?」
「良いよ!楽しみにしてるね!」
頬を染める太宰の向かいで屈託なく笑う妹を見守る兄は心配顔。
「矢張り妹の単純さは如何にかせねば…」
*****
「兄さん、また甘やかしたの?」
末妹が夕食の支度をしている間に兄は銀に叱られていた。
「あれ程云ったのに」
「時間が無かった」
「もう…一寸は我慢させないと」
「銀姉、お土産開けて!」
「…はいはい」
銀は高さのある箱を慎重に開ける。
「美味しそう」
中身は箱詰めされた洋菓子だった。
*****
「ご飯の後で食べようね!」
「そうね」
満面の笑みを見せる末妹に勝てず、銀は礼を云った。
「そう云えばね、今度また太宰さんとお出掛けするの!どのケヱキ屋さんに行こうかなぁ」
末妹の甘えたの理由が何となく見えた気がした。
「そろそろ太宰さんにも自重して貰わねばならぬかもな…」
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