壱頁完結物
「樋口さんって龍兄の何処が好きなの?」
たまたま談話室で顔を合わせた末妹は、目の前で珈琲を飲む樋口にそう問い掛けた。
途端に咳き込む樋口。
「な、なななんの事で…」
「ええ…?気付かれてないって思ってた?」
「否、其の…」
「龍兄以外皆知ってるよ」
「そ、そうですか…」
*****
「それで、何処が好きなの?」
「そんなにハッキリ聞かれると云い辛いと云うか…」
「早く!」
「はいぃ!!」
徐々に不機嫌になる末妹に樋口は観念して口を開いた。
「其れは…凛々しい佇まいに端正な顔立ち、残忍な強さの中に時々見せる優しさ。其れから…」
「あの、えっと…もう良いよ」
*****
「まだ語り尽くしてないのに…」
「樋口さんを嘗めてたよ、御免ね…」
数分の内に少し窶れた末妹は目の前のお茶をゆっくりと飲み干した。
「でもさ、妹の私が云うのも何だけど、結構龍兄に酷い扱いされてない?嫌いにならないの?」
「なりませんよ」
「如何して?」
*****
「私が不甲斐ないから先輩は怒る訳ですし、仕方無いですよ」
其の言葉を聞いて、先日テレビで見たある番組を思い出した。
「龍兄がDV屑男に聞こえるから止めて…」
「そっ、そんな心算で云った訳では!」
「龍兄にはもっと優しくなって貰う!」
「えっ!?」
「先輩が私に優しく…」
*****
「何をして居る」
「龍兄!」
談話室に入って来た芥川に末妹が抱き着いた。
「先輩、お疲れ様です」
「嗚呼」
「あのね龍兄、樋口さんにも優しくしてあげて欲しいの」
唐突な話に眉を寄せる兄。
「何故だ」
「龍兄がDV屑男になっちゃうから!」
「…判るように話せ」
「わ、私が説明します…」
*****
「僕等はポートマフィア、多少の暴力は茶飯事だ」
「そうだけど…」
事情を聞いた芥川は末妹にそう嗜めた。
「でも龍兄、私の事は叩かないでしょ?」
「お前は悪い事をせぬ、叱る理由がない」
「銀姉も?」
「嗚呼」
頭を撫でられ気持ち良さ気にする末妹の向かいで樋口が悔しそうな顔をした。
*****
「でも紳士は女の人に手を上げないって中也さんが云ってたよ」
「そうか」
樋口に視線をやると肩がビクリと跳ねる。
「樋口、暫く貴様も叩かぬ事にする。次触れる時は…」
目を閉じた芥川をジッと見詰める樋口。
「殺す時だ」
「肝に銘じますっ!!」
樋口は泣きながら談話室を出て行った。
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