壱頁完結物


パチィン、と乾いた音が耳元で鳴り、頬には鈍い痛み。
目の前では激怒した女性が自分に背を向ける処だ。
引き留めるか否か一瞬考えたが腕は動かず、私が引き留めるのを期待していたのか女性は一度振り返るとまた鬼の形相で去っていった。

「私、痛いのは嫌いなのだけどなあ…」


*****


腫れた左頬を擦り乍ら帰路に着く。
「やれやれ、私と心中してくれる女性は一体何処にいるのやら」
一寸仄めかしただけで直ぐ此れだ、全く厭になる。
「おや、あれは…」
ふと視線を向けた先に見知った顔を見た。
「妹ちゃん!…と中也」
二人並んで此方に近付いてくる。

「如何しよう…」


*****


二人に気付かれないよう踵を返そうと一歩踏み出した瞬間、妹ちゃんとバッチリ目が合ってしまった。
何時もなら駆け寄って抱き締める処だけど状況が状況だ。
しかし…
「あ、太宰さんだ」
「げっ厭なモン見たぜ」
アッサリと声を掛けられてしまった。

「や、やぁ…奇遇だねえ妹ちゃん」


*****


「手前、随分と派手にやられてんな」
「え?太宰さん怪我してるの?」
打たれた頬を隠すべく横を向くが、中也が目敏く其の行動の裏を読んで来た。
不思議そうに首を傾げる妹ちゃんに観念して正面を向く。
「痛そう!如何したの其の怪我!」

「どうせその辺の女を心中にでも誘ったんだろ」


*****


「一寸中也!妹ちゃんの前で何て事云うのさ!」
「云われる様な事してる手前が悪いんだろうが」
鼻で笑う中也の横で妹ちゃんが微妙な顔をして私を見ている。
「あ、まだ探してたんだ…」
「引かないで!!」
「妹、もっと云ってやれ」

「うーん、一寸待ってて!」
突然妹ちゃんが走り出した。


*****


「彼奴…走れとは云ってねえぞ」
「一体何処に行ったのかなあ」
見えなくなった妹ちゃんを待つべく佇んでいる訳だが、中也と一緒とは何とも気が乗らない。
「君もう一人で帰ったら?彼女は私が送ってあげるから」

「手前にドン引きしてる彼奴をか?」
「其処には触れないで欲しいなぁ…」


*****


待つ事数分、妹ちゃんはビニール袋を手に戻って来た。
「お待たせ~」
「何処行ってたんだよ」
「薬局!」
中を漁り出て来たのは
「保冷剤?」
「そう、叩くと冷たくなるんだって。店員さんに勧められたの」

「んなモン何に使うんだよ」
「太宰さんの頬っぺた冷やすに決まってるじゃん」


*****


「はぁ!?」
「妹ちゃん…!」
眉間に皺を寄せる中也の横で感涙する。
「上司に似ず優しい子に育ってくれて嬉しいよ」
「心の声だだ漏れてんぞ」
「中也も見倣ったら如何だい」
「見倣っても手前には絶対しねえ」

妹ちゃんはと云うと、このやり取りに一切耳を貸さず説明書きを読んでいる。


*****


「其れで、如何やって使うんだい」
「んとね、此れをこう…軽く叩いて」
グーに握った手が勢い良く保冷剤に振り下ろされる。
その姿は、何と云うか…その。
「今日何か厭な事でもあった…?」
「如何して?」
「随分力強く叩くなと思って…」

「え、そうかな?…鍛練の成果かも!」


*****


「最近はサボらずにやってっからな」
「強くなったかな?」
「そりゃまだまだだな」
「えー!?其処は強くなったって云ってよー!」
そう云い乍ら叩く手を止めない妹ちゃん。
「そ、そろそろ良いんじゃない…?」
「本当だ!冷たくなってる!」

「ほらつめたーい」
「首に乗せんじゃねえ!!」


*****


「ほら、さっさと太宰に渡せ。んで帰るぞ」
「はぁい」
渋々と云った様子で妹ちゃんは中也から保冷剤を離した。
と云うか、なんで中也とイチャついてるのさ。
「あ、そうだ」
妹ちゃんがポケットからハンカチを取り出し、保冷剤を包み始めた。

「はいどうぞ」
「ハンカチまで使って良いの?」


*****


「銀姉が刺繍してくれた物だからあげられないけど、また探偵社に行った時に返してくれたら良いからね!」
「本当に有難う妹ちゃん」
お礼を云い保冷剤を受け取る。
ヒリヒリとした痛みに冷たさが染み込んで気持ちが良い。
「早く痛いの治まると良いね」

「君のお陰で直ぐに治まりそうだよ」


*****
「んじゃ帰るぞ」
私に背を向けた中也に呼ばれ追い掛ける妹ちゃんが此方に振り向いた。
「それと、早く相手が見つかると良いね!」
「え゛っ…」
振り返った中也の肩が震えている。
「そうだな、早く見つけろ太宰」
「じゃあまたね!」

「冷たい…」
今日は厄日だ。
川にでも飛び込もうかな…。



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