壱頁完結物
冬の雨は冷たい。
休業日の今日、一気に気温が下がった部屋で太宰は一人熱燗を飲んでいた。
「こんな日は家から出ないに限る」
するとインターホンの音が部屋に響いた。
「誰?こんな日に来客なんて…」
外套を被り扉を開けると。
「だ、太宰さん…入れて…」
「妹ちゃん!?」
*****
何故か全身びしょ濡れの彼女を急いで中に入れ、部屋からタオルを持って来て急いで包んだ。
「何があったの」
「お出掛けしてたら急に雨が降って来て…鏡花ちゃんのお家お留守だったから…」
「大変だったね」
小さくくしゃみをする彼女に太宰は慌てて口を開いた。
「お風呂入る?」
*****
浴室から聞こえるお湯の跳ねる音にビクつき乍ら太宰は敷きっ放しの布団の上に正座していた。
「勢いでああ云ったものの、此れ人に見られたら完全に勘違いされる…」
散らかった部屋を片付け、温かいお茶を淹れるべく準備もした。
やる事が無いのだ。
「そう、雨宿りだから…只の…」
*****
暫くして部屋の扉が開き、末妹が髪を拭き乍ら入ってきた。
「お風呂有難う」
「暖まった?」
「うん」
平静を装ってみるが膝の震えは治まらない。
「如何したの太宰さん、寒いの?」
「え!?あ、いや…」
「お風呂入って来たら?」
「今の言葉で充分暖まったから良い…」
「…そう?」
*****
一頻り煩悩を頭から追い出し深呼吸をして末妹に話し掛ける。
「今日は芥川君達は?」
「龍兄と銀姉はお仕事だし、他の皆も出払ってるの」
「そ、そっか」
と云う事は雨が上がらないと彼女は帰れない。
否、傘を貸せば帰れはするのだが。
「雨が上がるまで居ても良い?」
「君が良いなら…」
*****
「処で服は其れで良かった?」
太宰の視界には明らかに丈違いのシャツを着た末妹が長過ぎる袖を鍋掴み代わりにして湯呑を持っている。
「うん、熱いの持てるよ!」
「うん、そうじゃなくてね」
隠し切れない鎖骨に目が行き、ほぼ反射的に毛布で隠した。
「寒くないよ?」
「着ておいて」
*****
「雨止まないね」
窓を見ながらポツリと呟く末妹。
「明日の朝まで降るみたいだから、お家まで送ってあげるよ」
「でも太宰さんが…」
「私は平気だか」
ピシャァ!と音がして太宰の言葉が掻き消され、代わりに末妹の悲鳴が響き渡った。
「雷…」
「やだ…お外出たくない…」
*****
「耳を塞げば大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!」
また唸り始めた雷に驚いて抱き着かれた太宰は体を硬直させる。
「外に雷様が居るんだよ!おへそ盗られちゃうよ!」
「…君、それ信じてるんだね」
雷が鳴る毎に抱き着く腕の力が強くなる。
「私の理性の為にも収まってくれないかなあ…」
*****
雷に怯え手を震わせる末妹の頭を撫で乍らふと思った事を口にした。
「普通に抱き付いてるけど、私の事は怖くないのかい?」
昔はあんなに逃げ回ってたのに、と付け足すと涙を溜めた目で見上げられる。
「怖くないよ?」
「そ、そう…」
「今は太宰さん好きだもん」
「すっ…!!」
*****
真逆の言葉に心拍数が上がり顔が紅潮する。
「そ、それって…つまり、その…」
「ぁびゃあぁ!!また雷鳴った!!!」
「!」
パニックに陥り首に抱き付いた末妹に、太宰の糸がプツリと切れた。
「妹ちゃん…雷が気にならなくなる方法があるよ」
「…へ?」
末妹を布団に転がし、上に乗った。
*****
「えっ、えっ…太宰さん?」
「君は余りにも無防備過ぎる。此処が何処で目の前に居るのは誰かちゃんと考えなくちゃ」
末妹の手首を掴んで布団に縫い付けるとみるみる顔が青冷めて行く。
「や、やだ…止めて…」
「私を此処迄振り回したんだ。責任取ってくれるよね…?」
*****
「ご、御免なさい…」
「…え、あれ」
末妹は太宰を見つめた儘ボロボロと泣き始めた。
「だって、雷怖かったんだもん…」
「や、妹ちゃん…あの」
「それに、お友達だから大丈夫かなって…でも、迷惑掛けて御免なさい…」
止まらない涙に今度は太宰の顔から血の気が引いていった。
*****
「…御免ね妹ちゃん。君が余りに怖がるから意地悪しちゃった」
「…え?」
涙を拭き乍ら起き上がる末妹の頭を撫でてやる。
「もう雷怖くなくなった?」
「う、うん…」
依然として雷は鳴って居るのに平然と鼻を啜る末妹に太宰は溜め息を吐いた。
「君は本当に期待を裏切ってくれるよ…」
*****
もう一度温かいお茶を淹れ、二人は隣り合って座った。
「そう云えば私の事は本当に怖くないのかい?」
「ん?うーん、先刻のは怖かったけど…」
「其れは置いといてくれると有難いなぁ…」
「でも、怖かったら此処には来てないもん」
「太宰さんが優しい人だってもう知ってるから」
*****
お茶を冷ます末妹の横で嬉しさの余り顔を伏せる太宰。
「ねぇ妹ちゃん」
「何?」
「泊まるなら、一緒に寝ようか」
「怖い事しないなら良いよ」
「…君、帰ったら中也にしこたま怒られてお出で」
「え、何で!?」
「無知って怖いんだよ」
「でも、また何時でも遊びにお出で。待ってるよ」
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休業日の今日、一気に気温が下がった部屋で太宰は一人熱燗を飲んでいた。
「こんな日は家から出ないに限る」
するとインターホンの音が部屋に響いた。
「誰?こんな日に来客なんて…」
外套を被り扉を開けると。
「だ、太宰さん…入れて…」
「妹ちゃん!?」
*****
何故か全身びしょ濡れの彼女を急いで中に入れ、部屋からタオルを持って来て急いで包んだ。
「何があったの」
「お出掛けしてたら急に雨が降って来て…鏡花ちゃんのお家お留守だったから…」
「大変だったね」
小さくくしゃみをする彼女に太宰は慌てて口を開いた。
「お風呂入る?」
*****
浴室から聞こえるお湯の跳ねる音にビクつき乍ら太宰は敷きっ放しの布団の上に正座していた。
「勢いでああ云ったものの、此れ人に見られたら完全に勘違いされる…」
散らかった部屋を片付け、温かいお茶を淹れるべく準備もした。
やる事が無いのだ。
「そう、雨宿りだから…只の…」
*****
暫くして部屋の扉が開き、末妹が髪を拭き乍ら入ってきた。
「お風呂有難う」
「暖まった?」
「うん」
平静を装ってみるが膝の震えは治まらない。
「如何したの太宰さん、寒いの?」
「え!?あ、いや…」
「お風呂入って来たら?」
「今の言葉で充分暖まったから良い…」
「…そう?」
*****
一頻り煩悩を頭から追い出し深呼吸をして末妹に話し掛ける。
「今日は芥川君達は?」
「龍兄と銀姉はお仕事だし、他の皆も出払ってるの」
「そ、そっか」
と云う事は雨が上がらないと彼女は帰れない。
否、傘を貸せば帰れはするのだが。
「雨が上がるまで居ても良い?」
「君が良いなら…」
*****
「処で服は其れで良かった?」
太宰の視界には明らかに丈違いのシャツを着た末妹が長過ぎる袖を鍋掴み代わりにして湯呑を持っている。
「うん、熱いの持てるよ!」
「うん、そうじゃなくてね」
隠し切れない鎖骨に目が行き、ほぼ反射的に毛布で隠した。
「寒くないよ?」
「着ておいて」
*****
「雨止まないね」
窓を見ながらポツリと呟く末妹。
「明日の朝まで降るみたいだから、お家まで送ってあげるよ」
「でも太宰さんが…」
「私は平気だか」
ピシャァ!と音がして太宰の言葉が掻き消され、代わりに末妹の悲鳴が響き渡った。
「雷…」
「やだ…お外出たくない…」
*****
「耳を塞げば大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ!」
また唸り始めた雷に驚いて抱き着かれた太宰は体を硬直させる。
「外に雷様が居るんだよ!おへそ盗られちゃうよ!」
「…君、それ信じてるんだね」
雷が鳴る毎に抱き着く腕の力が強くなる。
「私の理性の為にも収まってくれないかなあ…」
*****
雷に怯え手を震わせる末妹の頭を撫で乍らふと思った事を口にした。
「普通に抱き付いてるけど、私の事は怖くないのかい?」
昔はあんなに逃げ回ってたのに、と付け足すと涙を溜めた目で見上げられる。
「怖くないよ?」
「そ、そう…」
「今は太宰さん好きだもん」
「すっ…!!」
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真逆の言葉に心拍数が上がり顔が紅潮する。
「そ、それって…つまり、その…」
「ぁびゃあぁ!!また雷鳴った!!!」
「!」
パニックに陥り首に抱き付いた末妹に、太宰の糸がプツリと切れた。
「妹ちゃん…雷が気にならなくなる方法があるよ」
「…へ?」
末妹を布団に転がし、上に乗った。
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「えっ、えっ…太宰さん?」
「君は余りにも無防備過ぎる。此処が何処で目の前に居るのは誰かちゃんと考えなくちゃ」
末妹の手首を掴んで布団に縫い付けるとみるみる顔が青冷めて行く。
「や、やだ…止めて…」
「私を此処迄振り回したんだ。責任取ってくれるよね…?」
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「ご、御免なさい…」
「…え、あれ」
末妹は太宰を見つめた儘ボロボロと泣き始めた。
「だって、雷怖かったんだもん…」
「や、妹ちゃん…あの」
「それに、お友達だから大丈夫かなって…でも、迷惑掛けて御免なさい…」
止まらない涙に今度は太宰の顔から血の気が引いていった。
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「…御免ね妹ちゃん。君が余りに怖がるから意地悪しちゃった」
「…え?」
涙を拭き乍ら起き上がる末妹の頭を撫でてやる。
「もう雷怖くなくなった?」
「う、うん…」
依然として雷は鳴って居るのに平然と鼻を啜る末妹に太宰は溜め息を吐いた。
「君は本当に期待を裏切ってくれるよ…」
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もう一度温かいお茶を淹れ、二人は隣り合って座った。
「そう云えば私の事は本当に怖くないのかい?」
「ん?うーん、先刻のは怖かったけど…」
「其れは置いといてくれると有難いなぁ…」
「でも、怖かったら此処には来てないもん」
「太宰さんが優しい人だってもう知ってるから」
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お茶を冷ます末妹の横で嬉しさの余り顔を伏せる太宰。
「ねぇ妹ちゃん」
「何?」
「泊まるなら、一緒に寝ようか」
「怖い事しないなら良いよ」
「…君、帰ったら中也にしこたま怒られてお出で」
「え、何で!?」
「無知って怖いんだよ」
「でも、また何時でも遊びにお出で。待ってるよ」
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