短編


お題「セッ しないと出られない部屋」

「これ以上嫌われたくないのだけど…」
扉を叩きながら溜め息を吐く太宰。
部屋の隅では末妹が震え上がっている。
「うう…本当にお嫁に行けなくなる…」
ズボンの膝が変色する位泣く末妹に太宰が近寄った。
「私が責任を取ると云っても駄目かい?」

「…」
「…」
「…いや」
「嫌か…」


*****


「大分重くなったね」
「おっきくなった?」
「うん」
そんな会話を妹達がしているのを聞いた。
その真偽を確かめる為
「りゅーに、だっこ!」
僕は末妹を抱き上げてみた。
「っ…!」
「どしたの?」
「確かに、大きくなったな…」
「ほんと?」

「りゅーに、ふらふら」
「何の…これしき…」


*****


「龍兄…何かついて来ちゃった」
末の妹が足元に子猫をくっつけて帰って来た。
「真っ黒な子だよ。龍兄そっくり!」
「僕にそっくりと云われてもな…」
妹に抱き上げられた子猫は急に服の中に潜り込んだ!
「ひぅあ!?龍兄、取って!!」

「服の中に手を突っ込めと云うのか!」


*****


「妹ちゃん、包帯巻いてみない?」
真夏の探偵社。
ノースリーブで来た芥川の末妹に太宰が包帯を勧める。
「拷問…?」
「なんでさ!」
「じゃあ何で巻くの?」
「折角の白い肌が焼けたら大変じゃない。首だけでも」
「絞殺、しない…?」
「しないよ!」

「でも暑いからやだ」
「…そう」


*****


「歩きにくい、出ろ」
「駄目、絶対離れちゃ駄目!」
炎天下の中、妹が僕の外套の裾に潜り込む。
「何故其処に入る…」
「日射しキツいんだもん!焼けちゃう!」
「外套は熱が籠る。出ろ」
「やだー!龍兄の意地悪!!」
「日傘を買ってやるから」

「有難う龍兄!」
「もう外套には入るなよ」


*****


「今日こそ太宰先生を…」
「良い案は浮かんだ?」
「うわあ!?」
突然後ろから声を掛けられ芥川の妹は飛び跳ねた。
「吃驚させないでください…」
「そんな事じゃ私は討てないよ」
頭を撫でる手付きが優しくて今日も絆される。

「もう作戦なんて思いつかないよ…」


*****


「ねえ、君1人?」
龍兄との待ち合わせ中に声を掛けられた。
「あの、人を待ってて…」
「じゃあ待ってる間だけでも俺と遊ぼうよ」
「でも、」
「その必要はない」
男の人の後ろから龍兄の声が聞こえた。
「僕の連れだ。サッサと失せろ」

隠しきれない殺気に男の人は逃げて行った。


*****


「龍兄、産まれたよ」
何の話かと振り向く先には赤子を抱えた妹とその肩を抱く太宰さん。
「その赤子は…」
「やだなあ芥川君、ちゃんと報告したじゃないか。私達の子供だよ」
「は、…え?」
「龍兄、抱っこしてみて」

「断る!」
芥川は跳び跳ねるように身を起こした。
「夢か…」


*****


「あれ、今日は芥川君も一緒なのかい?」
「龍兄が一緒に来たがって」
探偵社に来た芥川兄妹は太宰に話し掛けられていた。
「太宰さん、その…」
「何かな」
「妹はまだ十五です故、そっとしておいて貰えると…」
「如何云う事?」

「子は成人してからでないと許しませぬ」
「何の話!?」


*****


妹ちゃんに懐かれる織田作や安吾が羨ましかった。
あの笑顔が自分に向けられる事は無いだろうと諦めていた。
「太宰さん!」
最近時折見えるようになった笑顔に今度は胸が苦しくて堪らない。
「何だい妹ちゃん」
上手く笑えない自分が恨めしい。

二人がこの光景を見たら何と云うだろうか。


*****


「妹ちゃん、私明日から一週間仕事で出掛けてしまうのだよ」
「そうなんだ」
芥川の妹が事も無げに返事を返す。
「電話は繋がるからいつでも掛けて良いからね」
「特に用事無いよ?」
「…いつでも掛けて良いからね?」

「寂しいから掛けて欲しいんだって」
「人虎通訳みたい」


*****


「飛行機だ!」
「此処まで大きいとは」
龍兄と一緒に空港の展望台へやって来た。
「太宰さん乗ってるのあれかな」
「航空会社が違う、彼方だ」
「そっかー、電話掛けてみようかな」
兄妹が見送りに来ている事を太宰は知らない。

「妹ちゃんから電話が!」
「判ったから早く出ろ太宰」


*****


「風が強くなって来たなあ…」
探偵社に使いに出ていた芥川の末妹は窓の外を見て呟く。
「早く帰った方が良いよ」
「そうだね」
「逆に泊ったら?」
太宰の提案に目を丸くする。
「何処に?」
「私の家に」
「駄目、それなら家に連れて行く。ね、敦」
「えっ」

無機質な目が敦に向けられた。


*****


「外套に入るな」
「だって寒いんだもん」
僕の外套に包まる妹を出そうとするが、厚着にも係わらず寒いと云って出ようとしない。
「此処に居たら龍兄と外套でぬくぬくだから」
「ぬくぬくではない、出ろ」
「やだ!寒い!」
「…仕方の無い奴だ」
「手前等仲良いな。二人羽織りか?」


*****


「あれ、妹ちゃん?」
「太宰さんだ!明けましておめでとう!」
初詣に来た神社で芥川君の妹ちゃんに逢った。
如何やら兄姉とはぐれたらしい。
「振袖可愛いね」
「有難う!でも先刻鏡花ちゃんに来年は袖を切ろうねって云われたの」

疑問符を浮かべる彼女を見て新年早々戦慄した。


*****


「妹ちゃん、若しかして口紅塗ってる?」
唇を指差すと芥川の末妹はニコリと笑った。
「樋口さんに塗って貰ったの!」
「そう。とても似合っているよ」
微笑み乍らも手首の包帯で少し口紅を拭う。
「でも私は其の儘の君が好きだなあ」

「あっ、折角塗って貰ったのに!」
「えっ、ごめん…」


*****


「ねぇ、奥さんになったのだから名前で読んでくれ給えよ」
そう云うと恥ずかしそうに目を背ける。
「愛しているよ、私の可愛い奥さん」
抱き締めると少し擦り寄って
「…治」
と可愛い声で呼んでくれた。

「と云う夢を見たのだけど、早く現実にならないかなあ」
「先ずは告白からです太宰さん」


*****


「龍兄、豆撒きしよ!」
「否、僕は…」
「幹部命令だ、来い」
「…はい」
末妹が豆の袋を持って楽しそうにしている。
「鬼は外!」
「何故僕に投げる」
「怖い顔してるから!」
遠慮無しに投げる妹に兄が本気になった。

「ぴゃあああ!助けて中也さーん!!」
「割と楽しんでんじゃねえか彼奴」


*****


「おやおや、そんなに泣くと翌朝目が腫れてしまうよ」
頭を撫でてみるが返事は無い。
「一体如何したんだい、何時もの元気な君は何処へ行ってしまったのかな」
抱き締めればより大きな声で泣き始めてしまった。

「落ち着いたら訳を聞かせてね」
髪に口付けると漸く返事が返って来た。


*****
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