壱頁完結物

「何で蛞蝓がいるのさ」
「仕事だっつってんだろ青鯖野郎」
「君必要ないじゃない」
そんなやり取りが繰り広げられる探偵社。
「中也さん、お仕事終わったよ」
其処に社長室から出て来た芥川の末妹が声を掛ける。
「んじゃ帰るか」
「うん」
「一寸待ち給え」

「私の質問に答えて貰おうか」


*****


「だから此彼は此処に仕事に来て、俺は其の付き添いだ。無駄に回る頭で理解出来るだろうが」
横目で睨みながら溜め息を吐く中也に太宰が地団駄を踏む。
「私が聞きたいのは今日の事じゃなくて!」
「じゃあ何だよ」

「先日中也が妹ちゃんに責任を取ると云っていた事だよ」


*****


「…手前、何処かで聞いてやがったのか?」
「偶然だよ。ねえ敦くん」
「え!?あ、確か仕事の帰りでしたよね」
急に話を振られ必要以上に驚いた敦がたどたどしく補足する。
「如何云う経緯でそうなったか聞かせてくれるよねえ、中也?」

其の目には光が宿っていなかった。


*****


「あー、それは…」
中也は横目で末妹を見た。
太宰には一切興味を示さず鏡花と遊んでいる。
「芥川に聞きゃ判る」
「それは妹ちゃんに?それとも芥川君に?」
「どっちでも同じだ。俺の口から云うもんじゃねえ」

「私、一ヶ月以上妹ちゃんと口が聞けていないのだけど…」


*****


「んなもん知るか。自業自得だろうが」
「だから中也に聞いてるんじゃない」
「云わねえよ」
収まらぬ喧嘩に気付いたのか末妹が鏡花の手を離して振り返った。
「中也さん、まだ?」
「おー帰るぞ」
踵を返す末妹に太宰が意を決して話し掛けた。

「妹ちゃん、あの…話があるのだけど」


*****


末妹はキョトンとして振り返った。
「如何したの太宰さん」
「!」
普通に返事が帰って来た事に驚いて太宰は思わず末妹に抱き付いた。
「わっ!」
「今日は一本もナイフ持ってないから…」
「うん、そうみたい」
ペタペタと体を触りナイフの有無を探る。

「やっと妹ちゃんと喋れた…」


*****


「って、何で普通に喋ってくれるのさ」
「え、何でって?」
自分の胸に顎を乗せ上を向く末妹にキュンとしながらも太宰は続ける。
「一月以上口利いてくれなかったじゃない」
「そうだっけ?」
「結構堪えていたのだよ…?」

「龍兄と銀姉がいたし、鏡花ちゃんと喋ってたからかな?」
「そう…」


*****


「それで話って?」
「嗚呼そうだ。先日中也と外で話しているのを聞いたのだよ」
首を傾げる末妹の頭を撫で付ける。
「中也は何の責任を取るんだい?」
「えぅっ」
末妹はあからさまに動揺して顔を隠した。
「良かったら話して欲しいなあ」
「駄目」
「如何して?」

「は、恥ずかしい…から…」


*****


すると末妹は太宰の腕を抜け出して中也の後ろに隠れてしまった。
「ま、手前に云う義理もねえしな。諦めろ」
「帽子置きは黙ってなよ」
またも喧嘩が始まりそうな雰囲気に慌てた末妹が思わず叫んだ。
「ちゅ、中也さんが悪いんだもん!」
「俺のせいじゃねえだろうが!」

「如何云う事?」


*****


「だって、中也さんが…」
「あれは謝っただろ?それに樋口を吊るして終わっただろうが」
「でもっ」
其処から口籠る末妹の顔は真っ赤で、太宰は何となく察してしまった。
「もしかして…き、接吻とか、した?」

其の瞬間、末妹は茹で蛸の様な顔でポロポロと泣き出してしまった。


*****


「だって…初めてでっ…」
グスグスと鼻を鳴らす末妹に太宰の血の気が引いていく。
「中也…君何て事を…」
「や、だから事故なんだって!」
弁明は太宰の耳には届かない。
「妹ちゃんの仇は私が討とう。覚悟しなよ」
「クッソ面倒臭えなあ!」

その間に鏡花が末妹を保護した。


*****


「そんな事があったなんて知らなかった」
「云うの…恥ずかしくて…」
末妹の背を摩る鏡花は心配そうだ。
「大丈夫。貴女は私が護る」
「鏡花ちゃん…!」
有難う、と漸く笑顔を見せた末妹に谷崎兄妹が微笑ましそうに笑った。

「もうこれでめでたしで良くありません兄様?」
「う、うん…」


*****


「妹ちゃん」
其処に太宰が近付いて来た。
「大変だったね」
「…ん」
頷く末妹の頭をゆっくりと撫でる太宰。
「お嫁に行けなかったら責任を取るって云われたんだってね」
「うん…」
「その…私じゃ駄目かな」
「太宰さん?」
「何時かお嫁に行きたいんだろう?」

「太宰さんの顔が真っ赤だ…」


*****


「大丈夫だよ太宰さん」
末妹はあっけらかんとした表情で云い放った。
「鏡花ちゃんが護ってくれるって」
「え」
隣の鏡花が末妹の手を握ってニヤリと勝ち誇る。
「早い者勝ち」
「ぐっ…」
二人の冷戦に気付かず首を傾げる末妹に、国木田が溜め息を吐いた。

「良いから仕事しろ太宰」


*****


固まる太宰の横を通り抜け、末妹は中也の元に戻った。
「中也さん、帰ろ」
「あ、嗚呼…」
「また来てね」
「うん!またね鏡花ちゃん!」
手を振りながら扉を閉める二人を見送った鏡花は太宰の肩に手を置いた。
「あの子は…渡さない」

「中也より君が強敵だよ鏡花ちゃん…」



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