壱頁完結物

「そろそろ中也と話をしてやってくれんかのう」
そう言葉を発したのは紅葉。
絡み酒をされてから数週間、一度たりとも話し掛けられずに居る事を中也に相談されたのだそうだ。
「やだ。龍兄にも駄目って云われてる」
「ふむ…」

紅葉は困った顔で口元を隠した。


*****


「私が一緒に居ても駄目か?」
「尾崎さんが一緒…」
芥川の末妹も本当はまた中也と話がしたい。
紅葉が一緒なら…と決意を揺らがせる。
「途中で何処か行ったりしない?」
「せぬぞ。ちゃんと一緒に居るでな」
「龍兄も一緒でも良い?」
「良いぞ」

「じゃあ…考えてみる…」


*****


その後兄に再三反対され、何とか話をする機会を設けた頃には既に月が替わっていた。
「その、本当に悪かった」
「私も何でずっと怒ってたのか忘れたから良いよ」
警戒する兄を紅葉が宥める中、頭を下げる中也を許した末妹。
「お酒は飲み過ぎない事」

「嗚呼、肝に銘じる」


*****


仲直りをして和気藹々と話す二人に複雑な顔をする芥川。
「そんなに怖い顔をするでない」
「しかし…」
「仲は悪いより良い方が良かろう?」
「ですが…」
腑に落ちない兄に何かを察した紅葉は口元を隠してクスクスと笑った。

「まだ妹離れは出来ぬかの」


*****


「詫びに何か好きなもん買ってやるよ」
「本当!?」
どうやら話は進み、二人で出掛ける事になったらしい。
それに気付いた芥川は訝し気に二人に近付く。
「本当に行くのか?」
「だって仲直りしたもん」
膨れる末妹の隣で中也は察したのか肩を竦めた。

「僕も一緒に行きます」


*****


「俺は構わねえが手前は如何だ?」
「えー」
「…何故拒否する」
「だって今の龍兄お外出たら黒獣が暴れそう」
「そんな事は…」
「大丈夫だって。もうあんな事しねえって約束したし、今は素面だ」
余裕な顔の中也に対し、芥川は不服そう。
「中也さん、行こ」
「兄貴は良いのか?」

「良いの!」


*****


「ならぬ」
末妹の腕を兄が掴む。
「何でー!」
「僕が許さぬ」
行く行かせぬの攻防を中也と紅葉が微笑ましく見守る。
「事の発端はお主じゃぞ」
「うっ…判ってますよ」
ギクリとする中也に紅葉が微笑んだ直後
「羅生門!!」
「異能なんて狡いよ!龍兄の莫迦ぁ!」

「ガチの喧嘩始めやがった…」


*****

「待て待て芥川!判った、今日は出掛けねえから!」
「龍兄の味方するの!?中也さん酷い!」
「クソ、板挟みかよ!!」
仲裁に入るが其の儘喧嘩に巻き込まれる中也。
「獄門顎!!」
「そんなキレんなよ!」
「ひぎゃぁぁ中也さん助けてえぇぇ!!」

「如何しろってんだよ!!」


*****


逃げ続ける二人と追い掛ける兄が拠点を走り回る。
「龍兄の莫迦莫迦ぁ!」
「煽んじゃねぇ莫迦!」
「中也さんが莫迦って云った!」
「手前…後で覚えてろよ!」
スタミナがあるとは云え矢張り人間。中也もそろそろ限界だ。
「捕まえたぞ妹!!」

黒獣に足を取られ、二人は盛大に転んだ。


*****


「いてて…」
「大丈夫か?」
「平気」
何とか体勢を立て直し追って来る羅生門から逃げようと足に力を入れた瞬間
「芥川先輩!何事ですか!?」
「樋口、その二人を捕まえろ」
「なっ!」
前から走って来る樋口が既に至近距離に居た事に気付かず、三人は正面衝突した。

「痛たた…」


*****


「先輩!二人を捕まえまし…た」
「……樋口」
地を這うような芥川の声がした。
視線で人を殺しそうな目に慌てて目線を動かすと、其処には…。
「あ、あわわわ…」
「もし、大丈夫かえ…おやまあ」
遅れて追って来た紅葉がまた口を隠した。

「これは…やらかしたのう中也」


*****


「は、初めてだったのに…」
「泣くな、悪かったよ」
「いえ、今回は中也さんが謝る事ではありません」
刺すような視線を隣に向ける芥川。
「あの…本当に済みませんでした…真逆事故で接吻が起こってしまうなんて思いもせず…」
真っ青な顔の樋口に紅葉が背中を摩った。

「大事になったのう」


*****


「もうお嫁に行けない…」
「そんな落ち込むなって、な?」
「其方は可愛いから嫁の貰い手等幾らでもおろう。のう芥川」
「…妹はまだ何処にもやりませぬ」
的外れな回答に末妹の堪忍袋の尾が切れた。
「もう良いよ!皆知らない!!」
そう残し末妹は走り去った。

「あ、おい待てって!」


*****


「太宰さん元気出して下さい」
「もう一ヶ月以上口を利いて貰えないのだよ。心が折れそう…」
敦と太宰は外の仕事に出ていた。
末妹にハグをした件でまだ落ち込んでいる太宰を懸命に励ます敦。
すると遠くから声が聞こえた。
「待てって!」
「知らないってば!」

「ん?あの声は…」


*****


「皆酷いよ!他人事だと思って!」
「悪かった、彼奴等の分も謝るから」
「中也と、妹ちゃん?」
云い争いの主達を観察する二人。
「初めて、だったのにぃ…」
「判った、貰い手見つからなかったら責任取ってやるから」
「…本当?」
「二言はねえよ」

大人しくなった末妹は担がれて消えた。


*****


「何だったんでしょうね…太宰さん?」
「中也に…初めてを…?」
「だ、太宰さん」
「責任…取るって…」
顔面蒼白な太宰は見るからに動揺し手足が震えていた。
「何があったの…私と話さない間に、何が…」
「太宰さん!」

太宰は失神し、其の儘病院へと運ばれたのだった。



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