壱頁完結物
外を歩いていると芥川の末妹と中也が並んで歩いている処に遭遇した。
「私とは歩いてくれないのに…」
思わず柱の陰に隠れて二人を尾行する。
「御免なさい中也さん」
「良いって、気にすんな」
腹立つ笑顔を末妹に向けるから尚更腹が立つ。
「中也…どう落とし前つけようかな…」
*****
太宰の存在に気付いていない二人は歩みを進める。
「何にするか決めてんのか?」
「それは、何となく…」
「ほぉ」
教えろ、と耳を末妹に近付ける。
「あのね…」
「ま、実用性はあるな。手前にしちゃ良いアイデアだ」
「一言多いよ中也さん」
「太宰に贈り物なんざ物好きだな、手前も」
*****
翌日、末妹は探偵社へとやって来た。
「社長さんにお届け物です」
「ご苦労」
書類を社長へと渡し、事務所に戻ると太宰が近付いて来る。
「あ、太宰さん」
「昨日は楽しそうだったねえ」
「…え?」
笑顔の筈の太宰の目が笑っていない。
その気配を察して末妹は後退った
「太宰、さん…?」
*****
怖くなって逃げ出そうと駆け出した瞬間、手首を掴まれ壁に押し付けられた。
「痛っ…!」
「昨日は中也とデエトだったのかい?」
「何の、話…?」
「惚けないで」
手首の骨が軋む音がする。
「痛っ!痛いよ太宰さん!」
「じゃあちゃんと答えなさい」
「昨日は何してたの…?」
*****
「やめて」
突然、太宰の喉元に小刀が突き立てられた。
「この子に乱暴しないで」
「鏡花ちゃん…」
末妹が見上げた先には夜叉白雪が居た。
同時に太宰が我に帰る。
「ご、ごめん妹ちゃん…怖がらせる心算じゃ…っ!」
太宰の手が緩んだのを見計らい、末妹は太宰に蹴りを入れ探偵社を後にした。
*****
その後鏡花は末妹を追い掛け、太宰は腹に喰らった打撲を治療して貰っていた。
「また…やっちゃった」
「アンタも莫迦だねえ」
与謝野が盛大な溜め息で太宰を脅す。
「嫉妬ならもっと上手くやりな」
「頭では判っているのだけど…」
寝台に大の字になり、天井を見つめる。
「恋って難しいねえ」
*****
「只今」
「お帰り鏡花。如何だった」
「撒かれた…夜叉でも探したけど見つからなかった」
しょんぼりと項垂れる鏡花の手を見て、太宰はハッと体を起こす。
「それは?」
「あの子が落としていった」
手の中の紙袋には見覚えがあった。
昨日末妹と中也が入って行った店の紙袋だったからだ。
*****
「これ、太宰さんの」
鏡花はずい、と紙袋を太宰に押し付けた。
「へ?」
「中に手紙が入ってた」
「手紙?」
恐る恐る袋を開けると、一番上に丁寧な字で“太宰治様”と綴られた紙が見えた。
其れを手に取り封を開けた瞬間、太宰は紙袋を持って走り出した
「おい太宰!!」
「一寸出て来る!」
*****
拝啓、太宰治様。
何時もお出掛けのお誘いを断って御免なさい。
如何しても許可が出なくて。
「中也辺りに監視されてるのは判ってたのに…!」
それでも太宰さんは仲良くしてくれるから、お詫びとお礼を籠めて贈り物をします。
「君の気持ちも知らずに私は…!」
P.S.糖分が不足しています。
*****
「ねえ織田作、太宰さん怒らせちゃった」
末妹は墓地に居た。
織田の墓石に背を預けて膝を抱えている。
「本当はずっと怒ってたのかな…。こんな事なら中也さんと喧嘩してでも出掛けたら良かった」
滴が膝を伝い足の肌色を照らす。
「太宰さん…怖い人に戻っちゃうかな…」
「そんな事無いよ」
*****
「矢張り此処に居た」
「…太宰さん」
末妹が顔を上げると膝に手を付き肩で息をする太宰が居た。
「鏡花ちゃんを撒くなんて凄い脚力だ」
その手には見覚えのある紙袋が握られており、末妹はあっと声を上げる。
「その袋…」
「君が落としたって彼女が拾ってくれてね」
「無くしたかと思った…」
*****
フラフラと近付いて来た太宰は其の儘末妹の隣に腰を下ろす。
「中の手紙も読んだよ。私への贈り物だったんだね」
「うん。でも太宰さん急に怒るから…」
怖くて渡せなかったと云われ、太宰の胸に鋭利な刃物が突き刺さる。
「本当に御免ね…」
「私、悪い事しちゃった?」
「違うよ」
*****
太宰を見上げ首を傾げる末妹に一瞬言葉を呑み込むが、大きな溜め息を吐いて喋り出した。
「情けないよねえ、中也に嫉妬なんてさ」
「中也さん?」
「昨日、二人で歩いてるのを偶然見ちゃってね。何だか…楽しそうだったから」
自分で云って恥ずかしくなった太宰は顔を腕で隠した。
*****
「何時見てたの?」
「お店に入る前辺りかな」
指先で土を弄る太宰の横で昨日の行動を回想する末妹。
「やっとやる気になってくれた時だ」
「やる気?」
「男の人に贈り物なんてした事ないから中也さんにお店教えて貰おうと思って」
「でも必要無いとか教えないの一点張りで…」
「あの蛞蝓…」
*****
「でも、教えてくれないなら云い付け破って太宰さんとお出掛けするって云ったらやっと教えてくれたの」
「そんなに出掛けさせたくないの…」
脳内で中也をボコボコにしつつ困った顔をする。
「中身、開けても良い?」
「うん」
意中の人からの初めての贈り物に心弾ませ、太宰は封を開けた。
*****
「これ…」
「何時も着けてるからお気に入りなのかなって。もしかして織田作のだった?」
「いいや、自分で買った物だよ」
箱の中には金具が上品な皮に包まれた少し大人な雰囲気の黒いループタイが入っていた。
「君が選んでくれたの?」
「うん」
「そっか、有難う」
太宰はタイを取り出した。
*****
「折角だから着けて貰おうかな」
太宰は末妹の手にタイを乗せた。
「私やった事ない…」
「教えてあげる」
着け方を教わった末妹は恐る恐るタイを太宰の首に掛ける。
「こう?」
「うん、襟の下に入れてね」
「んしょ」
なすが儘の太宰は幸せそうに笑った。
(妹ちゃんが抱き着いてくれてるみたい)
*****
「出来た」
数分後、贈り物のループタイは太宰の首にしっかりと納まった。
「似合う?」
「うん!太宰さん格好良いよ」
「ホント!?」
格好良いと云われ心拍数が上がった太宰は思わず末妹の肩を掴む。
「ひょぇあ!?」
「嗚呼御免ね!」
吃驚した末妹に慌てて手を離す。
「嬉しくてつい…ね?」
*****
照れ隠しにタイを少し弄る。
紐も金具も上質な物で手にしっくり来た。
「何だか昔から着けてる物みたい」
「先刻着けたばっかりだよ」
「それだけ良い物って事だよ、本当に有難う」
もう一度お礼を云うと末妹は漸く満面の笑みを太宰に向けた。
「ふふ、やっと笑ってくれたね」
*****
「却説、私もこれのお礼と先刻のお詫びがしたいのだけど」
そう云いながら太宰は再度手紙を開いた。
「糖分が不足しています、とは君からのデエトのお誘いと取っても構わないかな?」
其れを聞いて末妹は人差し指を口に当て悪戯っ子の顔をした。
「中也さんには内緒だよ?
*****
「そう云えば」
近くのカフェに入った処で太宰が口を開いた。
「中也が五月蠅いのは知ってるけど、芥川君は如何なの」
「龍兄は何も云わないよ。銀姉も行ってらっしゃいって、其れだけ」
「…成程ねえ」
その情景が容易に想像出来て、太宰は溜め息を吐いた。
「中也を如何にかしないとな…」
*****
「お待たせしました」
喋っている内にケエキが運ばれて来て、途端に目を輝かせる末妹。
「美味しそう!」
「見た目も綺麗だね」
大はしゃぎの末妹に頬を緩めつつ、その手からフォークを取り上げた。
「食べさせてあげる」
「ほぬ?」
サクリとケエキを割り、口の前へと持っていく。
「あーん」
*****
差し出されたケエキに、末妹は遠慮なく食い付いた。
「美味しい!」
「それは良かった」
少し恥ずかしがって欲しかったと内心ガッカリしながらフォークを返すと、今度は自分の前にケエキが来た。
「太宰さんも一口どうぞ!」
「えっ」
目の前にチラつくケエキに頬が染まるのが判る。
*****
「良いの?」
「うん!」
屈託なく笑う末妹とケエキを交互に見る。
時間にしてコンマ数秒、太宰は意を決して口を開けた。
「あー」
「ん」
正直嬉しさと恥ずかしさで味など判らないが、美味しいと末妹に笑い掛けた瞬間。
斜め後方、窓の外に見覚えのある黒い帽子が見えて太宰から笑顔が消えた。
*****
「なんでバレたの…」
殴られた頭を擦りながら末妹は顔を上げた。
「手前が出掛ける前に発信塗料を塗っておいた」
「うわあ…ストーカーだね中也」
「盗聴器付けようとしてた奴に云われたくねえよ!」
店員が用意した椅子にドカリと座り、中也は溜め息を吐く。
「ったく、其れ食ったら帰るぞ」
*****
「店教えたのは太宰と出掛けねえ交換条件だったろうが」
「だって…」
膨れっ面でケエキを頬張る末妹を見守る太宰。
「お友達とお出掛け、したかったんだもん」
其の言葉に二人して目を丸くする。
「鏡花ちゃんが良くて太宰さんが駄目なの、判んない」
「お友達なのは一緒なのに…」
*****
暫く二人は固まっていたが、中也は肩で笑い、太宰は少し眉間に皺を寄せた。
「こりゃ傑作だぜ、なあ太宰?」
「お友達、かあ…」
二人の反応がよく判らない末妹は最後の一口を食べながら首を傾げた。
「太宰さん、お友達じゃないの…」
「友達だよ!それはもう凄い友達!」
「凄い友達…?」
*****
会計を済ませ外に出ると直ぐに中也に担ぎ上げられた。
入口の店員が驚き口を押さえている。
「逃げないよ!」
「口答えすんじゃねえ、後で稽古三倍だからな」
「稽古?」
聞こえた単語に疑問を投げると中也が投げ返す。
「体術教えてんだ。首領からのお達しでな」
「あの蹴り…道理で」
*****
腹を擦る太宰を横目に末妹を地面に下ろす中也。
「首根っこは掴んどくからな」
「ひぇ」
襟を引っ張られ犬のような状態で太宰に向き直る。
「太宰さん、今日は有難う」
「此方こそ素敵な贈り物を有難う。また遊ぼうね」
「うん!」
再度中也に担がれ、手を振りながら末妹は帰っていった。
*****
「敦君、見給えこの上質なタイ!」
探偵社に帰った太宰は早速末妹からの贈り物を見せびらかした。
「凄い高級そうですが…あの子が?」
「そうなのだよ!私の為に選んだって…」
「口より手を動かせ太宰」
「国木田君は無粋だなあ」
「仕事を放り出して女を追い掛けたのは何処のどいつだ!」
*****
「これは鏡花ちゃんより仲良くなったんじゃない?」
挑戦的な視線を投げると鏡花が振り返った。
「私、今度お泊まり会する」
「…は?」
「あの子のお家に泊まりに行くの」
「え、何それ聞いてない」
「女子会だから」
鏡花は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
二人の間に火花が散った。
*****
「私とは歩いてくれないのに…」
思わず柱の陰に隠れて二人を尾行する。
「御免なさい中也さん」
「良いって、気にすんな」
腹立つ笑顔を末妹に向けるから尚更腹が立つ。
「中也…どう落とし前つけようかな…」
*****
太宰の存在に気付いていない二人は歩みを進める。
「何にするか決めてんのか?」
「それは、何となく…」
「ほぉ」
教えろ、と耳を末妹に近付ける。
「あのね…」
「ま、実用性はあるな。手前にしちゃ良いアイデアだ」
「一言多いよ中也さん」
「太宰に贈り物なんざ物好きだな、手前も」
*****
翌日、末妹は探偵社へとやって来た。
「社長さんにお届け物です」
「ご苦労」
書類を社長へと渡し、事務所に戻ると太宰が近付いて来る。
「あ、太宰さん」
「昨日は楽しそうだったねえ」
「…え?」
笑顔の筈の太宰の目が笑っていない。
その気配を察して末妹は後退った
「太宰、さん…?」
*****
怖くなって逃げ出そうと駆け出した瞬間、手首を掴まれ壁に押し付けられた。
「痛っ…!」
「昨日は中也とデエトだったのかい?」
「何の、話…?」
「惚けないで」
手首の骨が軋む音がする。
「痛っ!痛いよ太宰さん!」
「じゃあちゃんと答えなさい」
「昨日は何してたの…?」
*****
「やめて」
突然、太宰の喉元に小刀が突き立てられた。
「この子に乱暴しないで」
「鏡花ちゃん…」
末妹が見上げた先には夜叉白雪が居た。
同時に太宰が我に帰る。
「ご、ごめん妹ちゃん…怖がらせる心算じゃ…っ!」
太宰の手が緩んだのを見計らい、末妹は太宰に蹴りを入れ探偵社を後にした。
*****
その後鏡花は末妹を追い掛け、太宰は腹に喰らった打撲を治療して貰っていた。
「また…やっちゃった」
「アンタも莫迦だねえ」
与謝野が盛大な溜め息で太宰を脅す。
「嫉妬ならもっと上手くやりな」
「頭では判っているのだけど…」
寝台に大の字になり、天井を見つめる。
「恋って難しいねえ」
*****
「只今」
「お帰り鏡花。如何だった」
「撒かれた…夜叉でも探したけど見つからなかった」
しょんぼりと項垂れる鏡花の手を見て、太宰はハッと体を起こす。
「それは?」
「あの子が落としていった」
手の中の紙袋には見覚えがあった。
昨日末妹と中也が入って行った店の紙袋だったからだ。
*****
「これ、太宰さんの」
鏡花はずい、と紙袋を太宰に押し付けた。
「へ?」
「中に手紙が入ってた」
「手紙?」
恐る恐る袋を開けると、一番上に丁寧な字で“太宰治様”と綴られた紙が見えた。
其れを手に取り封を開けた瞬間、太宰は紙袋を持って走り出した
「おい太宰!!」
「一寸出て来る!」
*****
拝啓、太宰治様。
何時もお出掛けのお誘いを断って御免なさい。
如何しても許可が出なくて。
「中也辺りに監視されてるのは判ってたのに…!」
それでも太宰さんは仲良くしてくれるから、お詫びとお礼を籠めて贈り物をします。
「君の気持ちも知らずに私は…!」
P.S.糖分が不足しています。
*****
「ねえ織田作、太宰さん怒らせちゃった」
末妹は墓地に居た。
織田の墓石に背を預けて膝を抱えている。
「本当はずっと怒ってたのかな…。こんな事なら中也さんと喧嘩してでも出掛けたら良かった」
滴が膝を伝い足の肌色を照らす。
「太宰さん…怖い人に戻っちゃうかな…」
「そんな事無いよ」
*****
「矢張り此処に居た」
「…太宰さん」
末妹が顔を上げると膝に手を付き肩で息をする太宰が居た。
「鏡花ちゃんを撒くなんて凄い脚力だ」
その手には見覚えのある紙袋が握られており、末妹はあっと声を上げる。
「その袋…」
「君が落としたって彼女が拾ってくれてね」
「無くしたかと思った…」
*****
フラフラと近付いて来た太宰は其の儘末妹の隣に腰を下ろす。
「中の手紙も読んだよ。私への贈り物だったんだね」
「うん。でも太宰さん急に怒るから…」
怖くて渡せなかったと云われ、太宰の胸に鋭利な刃物が突き刺さる。
「本当に御免ね…」
「私、悪い事しちゃった?」
「違うよ」
*****
太宰を見上げ首を傾げる末妹に一瞬言葉を呑み込むが、大きな溜め息を吐いて喋り出した。
「情けないよねえ、中也に嫉妬なんてさ」
「中也さん?」
「昨日、二人で歩いてるのを偶然見ちゃってね。何だか…楽しそうだったから」
自分で云って恥ずかしくなった太宰は顔を腕で隠した。
*****
「何時見てたの?」
「お店に入る前辺りかな」
指先で土を弄る太宰の横で昨日の行動を回想する末妹。
「やっとやる気になってくれた時だ」
「やる気?」
「男の人に贈り物なんてした事ないから中也さんにお店教えて貰おうと思って」
「でも必要無いとか教えないの一点張りで…」
「あの蛞蝓…」
*****
「でも、教えてくれないなら云い付け破って太宰さんとお出掛けするって云ったらやっと教えてくれたの」
「そんなに出掛けさせたくないの…」
脳内で中也をボコボコにしつつ困った顔をする。
「中身、開けても良い?」
「うん」
意中の人からの初めての贈り物に心弾ませ、太宰は封を開けた。
*****
「これ…」
「何時も着けてるからお気に入りなのかなって。もしかして織田作のだった?」
「いいや、自分で買った物だよ」
箱の中には金具が上品な皮に包まれた少し大人な雰囲気の黒いループタイが入っていた。
「君が選んでくれたの?」
「うん」
「そっか、有難う」
太宰はタイを取り出した。
*****
「折角だから着けて貰おうかな」
太宰は末妹の手にタイを乗せた。
「私やった事ない…」
「教えてあげる」
着け方を教わった末妹は恐る恐るタイを太宰の首に掛ける。
「こう?」
「うん、襟の下に入れてね」
「んしょ」
なすが儘の太宰は幸せそうに笑った。
(妹ちゃんが抱き着いてくれてるみたい)
*****
「出来た」
数分後、贈り物のループタイは太宰の首にしっかりと納まった。
「似合う?」
「うん!太宰さん格好良いよ」
「ホント!?」
格好良いと云われ心拍数が上がった太宰は思わず末妹の肩を掴む。
「ひょぇあ!?」
「嗚呼御免ね!」
吃驚した末妹に慌てて手を離す。
「嬉しくてつい…ね?」
*****
照れ隠しにタイを少し弄る。
紐も金具も上質な物で手にしっくり来た。
「何だか昔から着けてる物みたい」
「先刻着けたばっかりだよ」
「それだけ良い物って事だよ、本当に有難う」
もう一度お礼を云うと末妹は漸く満面の笑みを太宰に向けた。
「ふふ、やっと笑ってくれたね」
*****
「却説、私もこれのお礼と先刻のお詫びがしたいのだけど」
そう云いながら太宰は再度手紙を開いた。
「糖分が不足しています、とは君からのデエトのお誘いと取っても構わないかな?」
其れを聞いて末妹は人差し指を口に当て悪戯っ子の顔をした。
「中也さんには内緒だよ?
*****
「そう云えば」
近くのカフェに入った処で太宰が口を開いた。
「中也が五月蠅いのは知ってるけど、芥川君は如何なの」
「龍兄は何も云わないよ。銀姉も行ってらっしゃいって、其れだけ」
「…成程ねえ」
その情景が容易に想像出来て、太宰は溜め息を吐いた。
「中也を如何にかしないとな…」
*****
「お待たせしました」
喋っている内にケエキが運ばれて来て、途端に目を輝かせる末妹。
「美味しそう!」
「見た目も綺麗だね」
大はしゃぎの末妹に頬を緩めつつ、その手からフォークを取り上げた。
「食べさせてあげる」
「ほぬ?」
サクリとケエキを割り、口の前へと持っていく。
「あーん」
*****
差し出されたケエキに、末妹は遠慮なく食い付いた。
「美味しい!」
「それは良かった」
少し恥ずかしがって欲しかったと内心ガッカリしながらフォークを返すと、今度は自分の前にケエキが来た。
「太宰さんも一口どうぞ!」
「えっ」
目の前にチラつくケエキに頬が染まるのが判る。
*****
「良いの?」
「うん!」
屈託なく笑う末妹とケエキを交互に見る。
時間にしてコンマ数秒、太宰は意を決して口を開けた。
「あー」
「ん」
正直嬉しさと恥ずかしさで味など判らないが、美味しいと末妹に笑い掛けた瞬間。
斜め後方、窓の外に見覚えのある黒い帽子が見えて太宰から笑顔が消えた。
*****
「なんでバレたの…」
殴られた頭を擦りながら末妹は顔を上げた。
「手前が出掛ける前に発信塗料を塗っておいた」
「うわあ…ストーカーだね中也」
「盗聴器付けようとしてた奴に云われたくねえよ!」
店員が用意した椅子にドカリと座り、中也は溜め息を吐く。
「ったく、其れ食ったら帰るぞ」
*****
「店教えたのは太宰と出掛けねえ交換条件だったろうが」
「だって…」
膨れっ面でケエキを頬張る末妹を見守る太宰。
「お友達とお出掛け、したかったんだもん」
其の言葉に二人して目を丸くする。
「鏡花ちゃんが良くて太宰さんが駄目なの、判んない」
「お友達なのは一緒なのに…」
*****
暫く二人は固まっていたが、中也は肩で笑い、太宰は少し眉間に皺を寄せた。
「こりゃ傑作だぜ、なあ太宰?」
「お友達、かあ…」
二人の反応がよく判らない末妹は最後の一口を食べながら首を傾げた。
「太宰さん、お友達じゃないの…」
「友達だよ!それはもう凄い友達!」
「凄い友達…?」
*****
会計を済ませ外に出ると直ぐに中也に担ぎ上げられた。
入口の店員が驚き口を押さえている。
「逃げないよ!」
「口答えすんじゃねえ、後で稽古三倍だからな」
「稽古?」
聞こえた単語に疑問を投げると中也が投げ返す。
「体術教えてんだ。首領からのお達しでな」
「あの蹴り…道理で」
*****
腹を擦る太宰を横目に末妹を地面に下ろす中也。
「首根っこは掴んどくからな」
「ひぇ」
襟を引っ張られ犬のような状態で太宰に向き直る。
「太宰さん、今日は有難う」
「此方こそ素敵な贈り物を有難う。また遊ぼうね」
「うん!」
再度中也に担がれ、手を振りながら末妹は帰っていった。
*****
「敦君、見給えこの上質なタイ!」
探偵社に帰った太宰は早速末妹からの贈り物を見せびらかした。
「凄い高級そうですが…あの子が?」
「そうなのだよ!私の為に選んだって…」
「口より手を動かせ太宰」
「国木田君は無粋だなあ」
「仕事を放り出して女を追い掛けたのは何処のどいつだ!」
*****
「これは鏡花ちゃんより仲良くなったんじゃない?」
挑戦的な視線を投げると鏡花が振り返った。
「私、今度お泊まり会する」
「…は?」
「あの子のお家に泊まりに行くの」
「え、何それ聞いてない」
「女子会だから」
鏡花は勝ち誇ったようにニヤリと笑った。
二人の間に火花が散った。
*****