壱頁完結物
「中也さん何飲んでるの？」
「是か？葡萄酒だよ」
「飲んでみて良い？」
「子供が飲むもんじゃねえ」
少し酔っぱらってるのか頬が赤い中也に、芥川の妹は膨れっ面を返した。
「どんな味がするの？」
「あー、形容し難いな」
「まあ大人の味だな」
其れが騒動になるとは此の時誰も思わなかった。
*****
探偵社の扉を開けた末妹は鼻孔を擽る佳い匂いにピクリと反応した。
「あ、来た」
扉の音に気付いた鏡花が寄って来る。
「ナオミさんが焼き菓子を作ってくれたの」
一緒に食べよう、と腕を引っ張る鏡花に、慌てて一礼してから社に足を踏み入れた。
「律儀だねえ」
「お前も見習え太宰」
*****
「美味しそう…」
皿に並べられた数種類のパウンドケーキに目を輝かせる末妹と鏡花。
敦が後ろから紙皿を持って来て二人に渡す。
「鏡花ちゃん、朝から楽しみにしてたもんね」
「うん」
大きく頷く鏡花に嬉しくなって、末妹は満面の笑みで有難うと云った。
「私も楽しみにしてたよ」
「太宰…」
*****
普通味、猪口冷糖味、柑橘の果物の味、胡桃の入ったものを次々と食しては恍惚の表情を浮かべる二人にナオミは満足そうに笑う。
「あそこまで喜んで頂けると作った甲斐がありましたわ」
そう云う彼女の手には焼きたての新しいパウンドケーキが乗っていた。
「それは？」
「大人用ですわ」
*****
大人用、の言葉に末妹がハッとする。
先日中也と会話した時の事を思い出したようだ。
「大人用って大人の味がするの？」
「食べてみたい？」
太宰がナオミの代わりに返事をするが、興奮しているからかあまり怖がっていない様子。
「食べてみたい！」
「おい、太宰」
「良いじゃない一口位」
*****
「中也さんは大人の味食べさせてくれなかった！」
「なら尚更だね」
「彼奴、太宰を掌で転がしてないか…？」
怪訝そうな国木田を谷崎が宥める中、太宰は切り分けられたケーキを一つ摘み末妹の口の前まで持って行く。
「ほら、口を開けて」
「あー」
「太宰さんからハアトが飛んでる…」
*****
「おい太宰」
「…真逆こんな事になるなんて」
太宰は焦っていた。
「う～…きょーかちゃん…」
「大丈夫？」
「お水持ってきたよ」
大人の味のケーキを食べた末妹は、なんと酔っぱらってしまったのである。
「ブランデエを少し入れただけだったのですが…」
「落ち着くまで返せないな…」
*****
「妹ちゃん、大丈夫かい？」
「ん～…だざい、さぁん？」
首を傾げて自分を見上げる末妹に心臓を射抜かれる太宰。
「太宰さん、口から血が…」
「放っておけ敦、其の儘天に召されるだけだ」
「いや駄目ですよ！」
漫才を繰り広げる国木田と敦を尻目に、末妹が太宰に擦り寄るのが見えた。
*****
「珍しい、太宰が固まってるよ」
普通味のケーキを頬張りながら乱歩が面白そうに観察する。
「だざいさんせぇたかい～」
「そ、そう？」
「かっこいい…」
「かっ…！？」
太宰は流れる手付きで顔を覆った。
「国木田君この奇跡の瞬間を写真に納めて…」
「よし、お前の赤面だけ撮ってやろうな」
*****
「それで、如何するんです此の子。暫くは此の儘でしょうし」
二杯目の水を持ちながら賢治が訊ねるが、太宰は浮かれて締まりの無い顔をしている。
「よし、家に連れて帰ろう！」
「待て待て、太宰！流石に其れは」
友達の危機に鏡花が懐から刃物を出す。
「僕、芥川に連絡して来ます！」
*****
「済まない、僕の妹が」
連絡して数分で芥川が飛んで来た。
肩で息をしているから相当走ったのだろう。
「帰るぞ」
未だ太宰に抱き付く妹に手を伸ばすが焦点の合わない目で見つめ返すだけで手を取ろうとしない。
「ん…ぃゃ」
「おい」
「だざいさんがいい…」
「太宰さんがまた吐血を…！」
*****
羅生門を使って引き剥がそうにも相手は太宰。異能が消えてしまうのがオチだ。
「如何したものか…」
「だから私が連れて帰るってば」
「それは僕の家にですか？」
其の言葉に太宰の頭に疑問符が浮かぶ。
「私の家に決まってるじゃない」
「酔いが醒めた時が怖いので妹を返して下さい…」
*****
「ほら、責任取らないと」
「お前が云うと歪んで聞こえるから止めろ」
国木田の盛大な溜め息が社内に広がる。
「じゃあ此処で寝れば？寝台はあるんだし」
猪口冷糖味を放り込んだ乱歩が笑いながら提案すると、太宰は目を輝かせた。
「其れは良い！」
「乱歩さん、軽率な発言は控えて下さい！」
*****
「だざいさん…」
ウトウトしていた末妹が不意に口を開いた。
「ん？如何したの…」
と云い終わる前に頬に柔らかい感触が。
「えへへ…ちゅー、しちゃった」
「…」
その場の全員が状況を理解する前に太宰は綺麗な放物線を描いて仰向けに倒れて行った。
「遂に太宰が逝ったぞ！」
「担架！！」
*****
「今だ芥川！」
「僕に指図するな人虎！」
太宰が倒れた事で自由になった妹を羅生門で捕まえる。
「全く…」
自分の横で黒獣にぶら下がる妹に溜め息を吐くと同時に芥川の頬にも柔らかい感触が。
「あ…、芥川あぁ！！」
彼もまた放物線を描いて倒れた。
「幹部を呼べ！幹部！！」
*****
「で、此の有り様か」
外套を肩に掛けた中也が呆れ顔で固まっている。
「以前葡萄酒の飲み残しを間違って飲んだ事があってな、同じ様な事になったから飲ませねえようにしてたんだが…」
頭を掻く中也は至極面倒そうだ。
「真逆太宰に懐いたとはな」
「銀、手前は妹を運べ。俺は兄を運ぶ」
*****
翌日。
「済みませんでした…」
中也に連れられ末妹が謝りに来た。
「気にしないで」「有難う鏡花ちゃん…」
手を握ってくれる鏡花に泣きながらお礼を云うと、太宰が近寄って来た。
「もう大丈夫かい？」
「あ…だざ、あ、あの…」
慌てて弁解しようとする末妹の頬に柔らかい感触がした。
*****
「次は素面の時に頼むよ」
片目を瞑る太宰に血の気が引く末妹。
「もう、お嫁に行けない…」
「大丈夫、私が貰ってあげる」
「鏡花ちゃん！」
ひし、と抱き合う二人に太宰は微妙な顔になる。
「…懐いてくれない」
其の様子を中也は腹を抱えて笑った。
「ま、せいぜい頑張るこったな！」
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「是か？葡萄酒だよ」
「飲んでみて良い？」
「子供が飲むもんじゃねえ」
少し酔っぱらってるのか頬が赤い中也に、芥川の妹は膨れっ面を返した。
「どんな味がするの？」
「あー、形容し難いな」
「まあ大人の味だな」
其れが騒動になるとは此の時誰も思わなかった。
*****
探偵社の扉を開けた末妹は鼻孔を擽る佳い匂いにピクリと反応した。
「あ、来た」
扉の音に気付いた鏡花が寄って来る。
「ナオミさんが焼き菓子を作ってくれたの」
一緒に食べよう、と腕を引っ張る鏡花に、慌てて一礼してから社に足を踏み入れた。
「律儀だねえ」
「お前も見習え太宰」
*****
「美味しそう…」
皿に並べられた数種類のパウンドケーキに目を輝かせる末妹と鏡花。
敦が後ろから紙皿を持って来て二人に渡す。
「鏡花ちゃん、朝から楽しみにしてたもんね」
「うん」
大きく頷く鏡花に嬉しくなって、末妹は満面の笑みで有難うと云った。
「私も楽しみにしてたよ」
「太宰…」
*****
普通味、猪口冷糖味、柑橘の果物の味、胡桃の入ったものを次々と食しては恍惚の表情を浮かべる二人にナオミは満足そうに笑う。
「あそこまで喜んで頂けると作った甲斐がありましたわ」
そう云う彼女の手には焼きたての新しいパウンドケーキが乗っていた。
「それは？」
「大人用ですわ」
*****
大人用、の言葉に末妹がハッとする。
先日中也と会話した時の事を思い出したようだ。
「大人用って大人の味がするの？」
「食べてみたい？」
太宰がナオミの代わりに返事をするが、興奮しているからかあまり怖がっていない様子。
「食べてみたい！」
「おい、太宰」
「良いじゃない一口位」
*****
「中也さんは大人の味食べさせてくれなかった！」
「なら尚更だね」
「彼奴、太宰を掌で転がしてないか…？」
怪訝そうな国木田を谷崎が宥める中、太宰は切り分けられたケーキを一つ摘み末妹の口の前まで持って行く。
「ほら、口を開けて」
「あー」
「太宰さんからハアトが飛んでる…」
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「おい太宰」
「…真逆こんな事になるなんて」
太宰は焦っていた。
「う～…きょーかちゃん…」
「大丈夫？」
「お水持ってきたよ」
大人の味のケーキを食べた末妹は、なんと酔っぱらってしまったのである。
「ブランデエを少し入れただけだったのですが…」
「落ち着くまで返せないな…」
*****
「妹ちゃん、大丈夫かい？」
「ん～…だざい、さぁん？」
首を傾げて自分を見上げる末妹に心臓を射抜かれる太宰。
「太宰さん、口から血が…」
「放っておけ敦、其の儘天に召されるだけだ」
「いや駄目ですよ！」
漫才を繰り広げる国木田と敦を尻目に、末妹が太宰に擦り寄るのが見えた。
*****
「珍しい、太宰が固まってるよ」
普通味のケーキを頬張りながら乱歩が面白そうに観察する。
「だざいさんせぇたかい～」
「そ、そう？」
「かっこいい…」
「かっ…！？」
太宰は流れる手付きで顔を覆った。
「国木田君この奇跡の瞬間を写真に納めて…」
「よし、お前の赤面だけ撮ってやろうな」
*****
「それで、如何するんです此の子。暫くは此の儘でしょうし」
二杯目の水を持ちながら賢治が訊ねるが、太宰は浮かれて締まりの無い顔をしている。
「よし、家に連れて帰ろう！」
「待て待て、太宰！流石に其れは」
友達の危機に鏡花が懐から刃物を出す。
「僕、芥川に連絡して来ます！」
*****
「済まない、僕の妹が」
連絡して数分で芥川が飛んで来た。
肩で息をしているから相当走ったのだろう。
「帰るぞ」
未だ太宰に抱き付く妹に手を伸ばすが焦点の合わない目で見つめ返すだけで手を取ろうとしない。
「ん…ぃゃ」
「おい」
「だざいさんがいい…」
「太宰さんがまた吐血を…！」
*****
羅生門を使って引き剥がそうにも相手は太宰。異能が消えてしまうのがオチだ。
「如何したものか…」
「だから私が連れて帰るってば」
「それは僕の家にですか？」
其の言葉に太宰の頭に疑問符が浮かぶ。
「私の家に決まってるじゃない」
「酔いが醒めた時が怖いので妹を返して下さい…」
*****
「ほら、責任取らないと」
「お前が云うと歪んで聞こえるから止めろ」
国木田の盛大な溜め息が社内に広がる。
「じゃあ此処で寝れば？寝台はあるんだし」
猪口冷糖味を放り込んだ乱歩が笑いながら提案すると、太宰は目を輝かせた。
「其れは良い！」
「乱歩さん、軽率な発言は控えて下さい！」
*****
「だざいさん…」
ウトウトしていた末妹が不意に口を開いた。
「ん？如何したの…」
と云い終わる前に頬に柔らかい感触が。
「えへへ…ちゅー、しちゃった」
「…」
その場の全員が状況を理解する前に太宰は綺麗な放物線を描いて仰向けに倒れて行った。
「遂に太宰が逝ったぞ！」
「担架！！」
*****
「今だ芥川！」
「僕に指図するな人虎！」
太宰が倒れた事で自由になった妹を羅生門で捕まえる。
「全く…」
自分の横で黒獣にぶら下がる妹に溜め息を吐くと同時に芥川の頬にも柔らかい感触が。
「あ…、芥川あぁ！！」
彼もまた放物線を描いて倒れた。
「幹部を呼べ！幹部！！」
*****
「で、此の有り様か」
外套を肩に掛けた中也が呆れ顔で固まっている。
「以前葡萄酒の飲み残しを間違って飲んだ事があってな、同じ様な事になったから飲ませねえようにしてたんだが…」
頭を掻く中也は至極面倒そうだ。
「真逆太宰に懐いたとはな」
「銀、手前は妹を運べ。俺は兄を運ぶ」
*****
翌日。
「済みませんでした…」
中也に連れられ末妹が謝りに来た。
「気にしないで」「有難う鏡花ちゃん…」
手を握ってくれる鏡花に泣きながらお礼を云うと、太宰が近寄って来た。
「もう大丈夫かい？」
「あ…だざ、あ、あの…」
慌てて弁解しようとする末妹の頬に柔らかい感触がした。
*****
「次は素面の時に頼むよ」
片目を瞑る太宰に血の気が引く末妹。
「もう、お嫁に行けない…」
「大丈夫、私が貰ってあげる」
「鏡花ちゃん！」
ひし、と抱き合う二人に太宰は微妙な顔になる。
「…懐いてくれない」
其の様子を中也は腹を抱えて笑った。
「ま、せいぜい頑張るこったな！」
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