壱頁完結物

「ぱぱ、おつかいいってくるね」
「待て待て」
大きめの封筒を持ちやる気満々の娘を止める中也。
「パパそんな話聞いてないぞ」
「ぼしゅがおねがいって」
「…何処に持ってくんだ」
「れもんさんとこ」
「よりによって梶井の研究室かよ!」

「パパも一緒に行く」
「だめー!ひとりでいくの!」


*****


結局頑なな娘に折れた中也はバレないように後ろから付いて行く事にした。
「れもんさんはここからみっつうえのかいだから…」
異能で自分ごと靴を浮かせエレベーターのボタンを押す。
「うーん…わかんない」
まだ数字も読めない幼女は此処が何階かも判らない様子。

「どうしよ…」


*****


「おや、中也の娘がこんな処で何をしておる?」
「ねねしゃん!」
開いたエレベーターの中には紅葉がいた。
「あのね、ここからみっつうえのかいにいきたいの」
「お使いかえ?偉いのう」
頭を撫でられ嬉しそうな娘から視線を外し、紅葉は外に向かってニコリと笑った。

「姐さんにバレてる…」


*****


「さ、着いたぞ」
「ありがとねねしゃん!」
「私は別の階に行くが良いかえ?」
「だいじょぶ!」
閉まる扉に手を振ってから梶井の研究室を目指す。
「えれべーたーでておはしじゃないほう…」
左手を見ながら小さい足を懸命に動かす。

「頑張れよ…」
その様子が動画に撮られているとも知らず。


*****


「しろいとびら…」
首領から託ったヒントを反芻しながら梶井の研究室に近付いて来たが、目の前に警備員が立ち憚る。
「お嬢さん、此処を通るには名前を名乗って下さい」
勿論首領から話が行っているのだが、規則を教えて欲しいとの進言で実施している。

「おなまえ、いえばいいの?」


*****


「な、なかはらです!」
おっかな吃驚名前を云うと警備員は微笑みながら通してくれた。
「どちらへ?」
「れもんさんとこ!」
「嗚呼、研究所は一番奥ですよ」
深々とお辞儀をして研究所へ向かう娘を見送った警備員は後ろに向かって声を掛けた。

「幹部殿、どちらまで?」
「…娘の付き添いだ」


*****


「いちばんおく…ここかな」
漸く辿り着いた扉には梶井基次郎研究所と書かれているが幼女には読めない。
「れもんさーん」
中では物音がしているのに扉を叩いても返事が無い。
「れもんさーん!」
先刻より大きな声で呼んでみるが矢張り返事は無い。

「れもんさんでてくれない…」


*****


エレベーターの時と同じように異能で靴を浮かせドアノブに掴まる。
「あれ、あかない…」
鍵が掛かってノブが回らない上、セキュリティが作動しサイレンが鳴り始めた。
「あわわ…わあ!」
吃驚して異能を解除してしまい尻餅をついた娘は、もう訳も判らず泣き始める。

「ひっく…ぱぱぁ…」


*****


物陰の中也が出て行こうとした直前、目の前の扉がガチャリと開いた。
「おやおや、幹部殿の娘嬢ではないか」
「う、れもんさん…」
「こんな処まで如何したのです?」
「おとどけもの…」
白衣の裾で涙を拭うと娘の泣き声は徐々に小さくなっていった。

「遅ェんだよ莫迦…」


*****


「宇宙大元帥からの書類を!其れはご苦労だったね」
封筒を受け取った梶井は泣き止んだ娘の頭をグシャグシャと撫でた。
「中に入ると良い。檸檬のジュースが出来た処なんだ」
「じゅーす!のむ!」
「うはは、元気になって何よりだ」

梶井は娘を軽々と抱き上げ、研究所へと案内した。


*****


「ふしぎなかたちのこっぷ」
「ビーカーと云ってね、実験には不可欠なのだ」
実験道具に注がれたクリアで黄色の液体を娘は躊躇なく口に含む。
「しゅっぱあまい!」
「うははは、良い感想を有難う」
目を輝かせる娘と書類を交互に見つつ、梶井は豪快に笑った。

「飲み終わったらお送りしよう」


*****


「中也殿、お届け物です」
「ただいまー!」
一足先に部屋で待機していた中也の元へ娘が帰って来た。
「梶井に連れて来られたって事はちゃんとお使い出来たみてえだな」
「できたよ!ぱぱほめて!」
「偉いぞ、よく頑張ったな」

楽しそうな二人に梶井は後ろ手に持っていた瓶を差し出した。


*****


「僕からも頑張ったで賞を贈呈しよう」
差し出された瓶の色を見て娘の目が輝く。
「れもんのじゅーす!」
「気に入ってくれたみたいだから、父君と一緒に飲むと良い」
「れもんさんありがと!」
嬉しそうにぎゅーっと瓶を抱き締める娘に中也も帽子を取った。

「悪いな梶井」
「お安い御用です」


*****


「手前、子供の扱い上手いな」
「そうですか?見様見真似ですがね」
再び寄って来た娘の頭をまたグシャグシャと撫でて抱き上げる。
「みてぱぱ!」
「おー、良かったな」
「ぱぱよりたかーい!」
梶井の肩が大袈裟に揺れた。

目頭を押さえる上司に同情しつつ、娘を下ろして部屋を後にした。



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