壱頁完結物
空が白んで来た某日未明、中也は部下に預けた生後一年と満たない愛娘を迎えに行くべく拠点へと急いでいた。
今迎えに行っても寝ているだろうがそれすらも愛おしいのだろう。
少し浮いた足から機嫌の良さが伺える。
「起きて俺が居たら吃驚するだろうな」娘の満面の笑みを脳裏に浮かべ、先を急いだ。
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「広津さん、娘を迎えに来たぜ」
拠点に着くと広津が恭しくお辞儀をした。
其の後ろでは予想通りぐっすりと眠る娘の姿。
「何時も悪いな」
「否、私がお嬢に相手をして貰っている様なものです」
頬を突くとふにゃりと口元が緩むのに二人も釣られ、マフィアらしからぬ穏やかな空気が部屋に充満した。
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「今日は何かあったか?」
一頻り娘の頬を堪能し我に帰った中也は取り繕う様に今日の様子を聞いた。
其の瞬間、広津の眉が一瞬ヒクリと動いたのを中也が見逃す筈がない。
「如何した」
「…申し訳ありません」
広津は先に謝ってからこう続けた。
「その、お嬢の掴まり立ちを見てしまいまして…」
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「なっ…!」
中也は驚きの余り一歩後退った。
「練習しているのは奥様より聞き及んで居りましたが、真逆今日成功してしまうとは思わず…」
広津の話を聞いているのかいないのか、驚いた顔の儘娘を凝視する。
当の本人は気持ち良さそうに夢の中を漂って居るのだろう。
「そ、そうか…」
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「め、目出度ぇ話だな!!」
「中也さん、目が血走ってます」
自分より先に娘の成長を見られた悔しさを誤魔化してみたが、全くもって効果は無かった。
「記録、記録は撮ってるか!?」
「私が見た直後に尻餅をついたので記録までは…」
頭を下げる広津に口から魂が出る幻覚が見えた。
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「なんで今日なんだよ…」
遂に床に膝をつき全力で悔しがり始めた。
「此処一週間なかなか成功しねぇなぁって云ってた処だったのに!」
「私に云われても」
「…判ってる」
「そう云えばお嬢が立ち上がった後、立ち上がった事を父君が知ったら喜ぶだろうと云ったら随分と喜んで居られましたよ」
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「本当か!?」
食い気味に肩を掴まれ噎せる広津。
「はい。寝る前も泣かず終始ニコニコされていました」
青白かった中也の顔はみるみる血色を取り戻し、迅速且つ丁寧に娘を抱き上げる。
「帰る、有難うな!」
「お気をつけて」
足音が遠ざかるのを聞きながら、広津は記録媒体の確認に向かった。
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