壱頁完結物


拠点内に誰かの泣き声が響き渡る。
武装した黒服の男達が銃を構え声の主を探すと、曲がり角から小さな影が遠ざかっていくのが見え、一人が威嚇の為に発砲した。
だが…
「あ!」
男の顔が真っ青になる。
「おじちゃん…ぱぱとまま、いないの…」

其処には異能で弾丸を止めた幹部の娘があった。


*****


娘の話によれば、朝起きたら寝台は裳抜けの殻で食卓に朝食と一枚の紙が置いてあったと云う。
其の紙には
『夜までには帰るね、ママより。梶井に遊んで貰ってくれ、パパより』
と書かれていた。
「よる?おそとくらくなったらかえってくる?」
「そうですね」

「梶井さんの処までお送りします」


*****


「嬢、話は聞いているよ。よく来たねえ」
梶井は研究室の前で娘を待っていた。
足元には自分の娘もいる。
「今日は此方も妻が不在でね。一緒に遊んであげてほしい」
「ん!」
漸く泣き止み笑顔を見せる娘に、黒服の男は胸を撫で下ろし去っていった。

「さぁ、話が研究室にようこそ!」


*****


二人は感嘆した。
突然色の変わる水、バチバチと弾ける炎、ピカピカに磨かれた実験道具。
其れ等を操る梶井は幼子にとって魔法使いの様。
「ぱぱすごい!」
「れもんさんすごーい!!」
「うははは!此れが化学だよお嬢さん方!」

はしゃぐ三人を嗜める様に扉が軽くノックされた。


*****


「何を騒いで居るかと思えば、幼子には危険じゃろうて」
扉を開けると艶やかに立つ紅葉が居た。
「いえいえ、身内を危険に晒す等研究者の風上にも置けませんよ」
「なら良いが…二人とも腹は空かぬかえ?私と一緒に昼御飯にしよう」
「するー!」
「ねねしゃんとごはんー!」

「行くぞ梶井」


*****


紅葉の部屋に向かう途中、聞き慣れた咳の音がした。
「あくたわわだ!」
「りゅー!」
幼子二人が声を上げると、咳の主がゆっくりと振り返る。
「何処かへ出掛けるのか」
「こーよーさんとごはんなの」
「りゅーもいっしょにたべよー!」

幼子の気迫に負け、芥川も同行する事になった。


*****


「あくたわわ、らしょーもんやって!」
「やってー!」
「飯を食い終わってからだ」
「ふふ、年上らしくなって来たのう」
「僕は妹の居る身。多少の相手位なら出来ます」
「素晴らしい!今度から留守の時は君に娘達の世話を頼もう!」

芥川はやぶさかではない表情で小さく頷いた。


*****


其の後芥川と遊んだ二人は少し昼寝をして、また廊下を我が物顔で進んで行く。
「あ、くろとかげだー!」
「じぃじ!ぎんちゃ!」
「おや、二人でお出掛けかな」
「ぱぱいないからふたりであそんでるの」
「梶井殿は?」
「けんきゅーしついった」

「たっちゃ、あそぼ!」
「仕方ねえな…」


*****


黒蜥蜴に散々遊んで貰った幼子はまた目をしょぼしょぼさせ乍ら廊下を歩いていた。
「ねむ…」
「もうちょっとでおうちだからがまんして」
「ぅむぅ…」
梶井の娘は自分がしっかりしなきゃと意気込むが、眠気が勝り二人とも廊下で寝落ちてしまった。

「おいおい、風邪引くぞ二人とも」


*****


「ぱぱ!」
「こんな処に居たのか」
帰還し、首領に報告して来た中也が二人を探していたようだ。
「ったく梶井の奴、二人を放ったらかしにしやがって」
「おかえりぱぱ!」
「おう只今。手前も娘と遊んでくれて有難うな」
「うん!」

また瞼を閉じる二人を、中也は軽々と持ち上げた。


*****


お叱りを受ける梶井の横で、幼子二人は母に今日の様子を報告していた。
「ぱぱのじっけんすごかった」
「ねねしゃんとごはんたべてね」
「あくたわわとくろとかげにあそんでもらったの」
「あらあら、盛り沢山ね」
微笑む母達に二人は満面の笑みを浮かべた。

「またあそぼーね!」
「うん!」



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