壱頁完結物


「おはよ~」
「おうお早う」
朝、娘が眠い目を擦り乍ら中也に近付いて来た。
「何持ってんだ」
「おきがえ」
両手に服を抱えた娘は其れを渡す。
「寒いから暖房の近くで着替えような」
「はーい!」
「良い返事だ」

真逆此の時、今日が波乱の日になる等予想もしていなかった。


*****


今日も娘は可愛い。
目に入れても痛くねぇ位には可愛い。
然し…
「如何したんだよ此の服」
「ままとねねしゃんがつくってくれたのー」
「…共謀しやがった」
全部着せ終えた俺は目眩がした。
目の前にはニコニコと笑う娘。
然し其の服は…。

「太宰の服にそっくりじゃねえか…」


*****


「なぁ、矢張先日購ったワンピースにしねえか?」
「ままがね、きょうはぜったいこれじゃなきゃだめって」
根回しまでされ舌が鳴る。
しかも娘は此の服を気に入っている様子。
「おとこのこみたい!」
「男の服を元にしてるからな…」
「ぱぱ、このふくきらいなの…?」

「そんな事ねえぞ!!」


*****


「きょうはね、ねねしゃんとこおつかいいって、ままとおでかけするの!」
「今日に限って盛り沢山だな…」
外に出して見せびらかす算段まで立ててやがった。
既に姐さんと行動を共にしている嫁に沸々と怒りが沸く。

「ぱぱもおしごとがんばってね!」
「其の服脱いだら頑張れる気がするな…」


*****


「ねねしゃーん」
「あや、来たかえ」
娘が姐さんの足元まで歩いていく。
頭を撫でて貰い嬉しそうな娘を横目に俺は嫁に詰め寄る。
「おい何だあの服」
「作ったのは姐さんよ」
「否其れにしたって可笑しいだろ」
「とっても似合ってるじゃない」
「似合っては、いるが…」

「何で太宰なんだよ」


*****


「貴方への厭がらせに決まってるじゃない」
「はぁ!?先日の事まだ怒ってんのか?謝ったじゃねえか!」
「謝ったからって許されると思わない事ね」
「ぐっ…」
ふん、と顔を背ける嫁に眉間の皺が深くなる。
「流石に街中に出すのは止めようぜ…」

「お出掛けしたいって言い出したのは娘よ」


*****


連れ立って出掛ける二人を姐さんと見送るが正直気が気じゃねえ。
若し、万が一奴に会っちまったら…。
「中也、顔が怖いぞ」
「…済みません姐さん」
謝り乍ら彼の服を如何したら今日限りでお蔵入りに出来るか延々考える。

「嫁を説得するしかねぇ…」
「お主も大変じゃのう」


*****


「ままとおでかけー!」
「ふふ、そんなに楽しそうにしてくれるなんて嬉しいわ」
ルンルン気分の娘に顔が綻ぶ嫁。
其の二人の前に人影が。
「げ、何て物着せてるのさ」
「あら」
「あー!」
娘が目の前の人物の足に抱き着いた。

「あおしゃばしゃん!!」
「君、何で私の服着てるの?」


*****


「ほんとだ!あおしゃばしゃんとおしょろ!」
「髪が完全に中也似だから物凄く鳥肌が立つのだけど」
「そう?可愛いじゃない」
サラッと流す嫁に何かを察した太宰は二人を喫茶店に誘った。

「あおしゃばしゃんがご馳走してくれるって」
「あおしゃばしゃんふとっぱら!」
「あのねぇ…」


*****


「ちゃんと連絡もしたのに娘の分のご飯しか用意されてなかったのよ?酷いじゃない」
「仕事から帰って来てご飯がないのは確かに辛い」
怒り心頭でケヱキを口に入れる嫁を頬杖を突いて見守る太宰。
「其れでこんな嫌がらせを?」
「結構ショック受けてたわ」

「私も今大分ショック受けてる」


*****


隣で話を聞きつつ焼き菓子を齧っていた娘が顔を上げる。
「ぱぱもあおしゃばしゃんも、このおようふくきらいなの…?」
「えっ」
「おきにいりなのに…」
其の目に涙が溜まっているのを見つけ、太宰は慌てふためいた。
「否、君が着てるのは可愛いよ?」

「こころのそこからいって」
「ええ…」


*****


太宰はふと店内を見回した。
一部の客や店員がチラチラと此方を見ている。
其の原因は勿論、子供と大人のペアルックだろう。
「あおしゃばしゃん、ほんとにこのふくすき?」
「そりゃあ私の服だもの。好きだよ」
娘は漸く満足そうに笑った。
「またおそろしてもいい?」

「ま、君なら良いか…」


*****


お茶会も終わり帰路に着こうと歩く三人は注目されていた。
「もうすっかり親子ね」
「髪が橙じゃなければね」
「ねー」
太宰に抱っこされ嬉しそうな娘は、ふと前に人が立っているのに気が付いた。
「あ、ぱぱ!」
「こうなると思ってたぜ畜生」

通行人がこぞってザワついた。


*****


「ぱぱみてー、あおしゃばしゃんとおしょろ!」
「そうだな」
何とか笑顔を作って娘に話し掛けるが額には青筋が浮かんでいた。
「父娘みたいでしょ」
「みたいでしょ、じゃねえんだよ」
嫁の発言に怒りが汲み上げる。

「あおしゃばしゃん、ぱぱおこなの?」
「そうだね、おこだねぇ」


*****


「なんでおこなの?」
「君が私と同じ服を着て一緒に居るのにヤキモチを焼いているのだよ」
「やきもち?」
ヤキモチの意味が判らず首を傾げる横で夫婦がまた喧嘩を始めてしまった。
「あーあ、全くあの夫婦は…」
呆れる太宰に娘が服を引っ張る。

「ぱぱ、このふくそんなにきらいなのかな…」


*****


目の前で激しさを増す喧嘩に娘がどんどんしょぼくれていく。
「ぱぱとままがけんかするなら、もうこのふくきない…」
其の言葉に夫婦の口がピタリと止まった。
「あおしゃばしゃんとまたおそろしたかったけど、もうすてる…」

泣き出す娘に大人三人が慌ててあやす光景が三時間続いた。



.
18/33ページ