壱頁完結物


「娘ちゃん、其れ何見てるの?」
探偵社に遊びに来た中也の娘が持つタブレット端末を覗き込む太宰。
「ぱんぱかまん!」
「嗚呼、幼児向けのアニメか」
画面には世界中のパンを二足歩行にしたキャラクターが和気藹々と喋っている映像が映し出されていた。

「此れ今思うと不気味だよねえ…」


*****


「そだ、あのねあおしゃばしゃん」
「何だい」
「あおしゃばしゃんにそっくりのこがいるの!」
其の瞬間社内に静かな笑い声が響く。
「…何がそっくりだって?」
「んとね、こえがにてるの!」
「ええ…?此の端正な声をパンが出していると云うの?」

「うん!」
「言葉の意味を理解してないね」


*****


せっせと端末を操作し、太宰にそっくりだと云うキャラクターを探す娘。
「このこ!」
「もう其れパンじゃない」
「くれーぷだよ!」
「クレープ…」
単語に反応した鏡花が近付いて来るが、画面の中のクレープとイメージが違ったのかがっかりした様子で席に戻る。

「おこえきいててね」


*****


クレープ頭のキャラクターの声が端末から再生されると、もう我慢出来なくなり国木田や谷崎、敦が肩を震わせ、乱歩に至っては机を叩きながら大口を開けて笑う。
「本当にそっくりじゃないか!君小さいのになかなか観察力があるね」

名探偵に褒められ幼子は無邪気に喜ぶ。


*****


「あおしゃばしゃんやって!」
「云うと思ったよ…」
絶対厭、とキッパリ否定する。
「やってやって!」
「いーやーだー」
「わかった!あおしゃばしゃんできないんだ!」
「否、出来ないんじゃなくてやらないの」

「ぱぱいってたよ、あおしゃばしゃんがやらないときはできないときだって」


*****


「本当あの蛞蝓は…」
太宰の米神に青筋が浮かぶが幼子は全く気にしない。
「あおしゃばしゃんはなんでもできるとおもったのになー」
「君中也に似て来たね」
頭を掻き乍ら太宰は溜め息を漏らす。
「一回しかやらないからね」
「やったー!」

社内は聞き漏らすまいと物音一つしなくなった。


*****


太宰は厭そうな顔をしながらゆっくりと一度深呼吸してから、忌々しい程の笑顔を浮かべるクレープ頭を見据えながら先刻の台詞を口にする直前。
「迎えに来たぞ、帰り支度しろ」
真逆此のタイミングで父が来るなど誰が予想しただろうか。

太宰の物真似は完全に聞かれる形で幕を閉じた。


*****


「だから厭だったのだよ…」
頭を抱えた太宰が部屋の隅で項垂れており、社内は我慢が決壊し笑い声に包まれている。
「ぱぱきいた?あおしゃばしゃんそっくりだった!」
「嗚呼そうだな。凄ぇ似てたなぁ」
「はぁ本当最悪。あーもう今日は仕事出来ない」

突っ伏する太宰に幼子が近付く。


*****


「あおしゃばしゃんありがと!」
「君の顔が可愛くなかったら殴り飛ばしていた処だよ…」
橙色の髪をクシャクシャと撫でられご満悦の娘。
「そう云や中也の声に似たキャラクターは居ないのかい?」
「手前俺を巻き込むんじゃねえよ」

「ぱぱ…ぱぱのこえはいなーい」
「あ、そう…」


*****


家に帰って来た娘は母に本日の報告をする。
「あおしゃばしゃん、くれーぷさんのまねっこしてくれたの!そっくりだった!」
「本当?ママも聞きたかったなあ」
「こんどいっしょにいこ!」
笑顔の娘が可愛いらしい。

しかし、父としては愛娘の口から太宰の名前が出るのが気に食わない様子。


*****


「パパの話はしてくれねえのか」
「ぱぱのおはなし?」
うーんと考え込む娘に母が補足する。
「今日は太宰の話で頭が一杯かしら」
「…チッ」
「拗ねない拗ねない」
ソファに寝転ぶ中也が気になったのか娘が走り寄る。
「ぱぱ」
「何だ」
「ぱぱもまねっこして!」

「えっ…」


*****


「ぱんぱかまんでいいよ!」
「何だよその指定」
目を輝かせる娘に太宰の様に厭とは云えない父の背後に母がゆっくりと近付く。
「一回しかやらねえからな」
「うん!やってやって!」
中也は大きく息を吸ってからパンパカマンになり切った。

背後の母が膝を折って笑い始め二人は喧嘩になった。


*****


「あおしゃばしゃんあのね、きのうぱぱとままけんかしちゃったの」
「おや、何方が勝った?」
「まま」
「やっぱりね」
翌日、娘はまた探偵社に預けられていた。
最早託児所と化した此処での保育士は太宰になったらしい。

「それで、何で喧嘩したんだい」
「んとねー、ぱぱがねー」


*****


「ぱんぱかまんのまねっこしてくれたの」
「ぶふっ…うん、其れで?」
「それでね、ままおなかいたくなっちゃってね」
「お腹痛くなる程笑ったんだね」
「ぱぱおこっちゃったの」
「そっかあ」
その光景が容易に想像出来て込み上げる笑いを何とか抑える。

「私も見たかったなあ」


*****


「あ、ままがあおしゃばしゃんのまねっこみたいって!」
「え、あの話したのかい」
「うん!」
「口止めすれば良かった…」
ガックリと項垂れると娘がパッと顔を上げた。
「まま!」
「…げ」
「あら太宰、聞いたわよ。クレープさんの物真似したらしいじゃない」

「本当勘弁して…」



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