壱頁完結物

「ままー」
中也の娘が小さい足で部屋を駆け回る。
如何やら母を探している様だ。
「ママは首領と出張だ」
「…ままいないの?」
「来週帰って来る」
父から放たれた言葉に娘は目を見開いた。
「まま…たくさんかえってこない…」

「手前が良い子にしてたら直ぐ帰って来るぞ」


*****


しかし娘は母が暫く帰って来ないショックで其の言葉を聞いていなかった。
「ままぁ…」
「お、おい泣くなって。パパが居るだろ?」
「だってぇ…」
中也が懸命にあやすのも効かず、娘はとうとう泣き出してしまった。
「ままがふりんしちゃうぅ…」

「何処で覚えてきたそんな言葉」


*****


一度泣き出した娘がなかなか泣き止まず中也が疲れて来た頃、部屋の呼び鈴が鳴った。
「…まま?」
「ママじゃねえなあ」
「ままじゃない…」
ガックリと項垂れる娘を抱えた儘中也が扉を開けると。
「やあ嬢。おや泣いているのか?」
「れもんさん…」

梶井が娘を連れて遊びに来たようだ。


*****


「ほら、幹部殿とお嬢にご挨拶だ」
「…こんにちは」
梶井の後ろからヒョコリと女の子が出て来た。
古びた白衣の父とは真逆の小綺麗な格好をしている。
「娘です。顔合わせは初めてでしたね」
「話には聞いてたが…ウチより少し年上だったか?」

すると中也娘がピョイと腕から飛び降りた。


*****


「なかはらです。こんにちわ」
流石は幹部の英才教育。
中也の娘は袖で涙を拭ってからペコリとお辞儀をした。
「かわいい…」
梶井の娘が中也の娘の髪をふわふわと触るとあんなに泣いていたのが信じられない位の笑顔が浮かんだ。

「かじいよ。よろしくね」
一寸大人な雰囲気に驚く梶井パパ。


*****


「立ち話も何だし中に入れよ」
「ではお言葉に甘えて」
梶井父娘が家に入ると娘達は直ぐ仲良くなり遊び始めた。
「こっちね、あそぶのいっぱいあるの!」
「はしるとあぶないわよ」
年下の手を引くお姉さんが微笑ましい。
「しっかりした娘じゃねえか」

「手前、何で泣いてんだ…?」


*****


「否、何時もはもっと甘えたなんですよ」
白衣の袖で雫を拭うと梶井はソファに座りながら喋る。
「今日も妻が朝から仕事に出るのに駄々を捏ねましてね」
「へぇ、そうは見えねえな」
「それで気分転換になればと思って連れて来たんですよ」

「思わぬ収穫だ。帰ったら妻に報告せねば」



.
9/33ページ