壱頁完結物

「ぱぱ、じゆーけんきゅーってなに?」
「自由研究?好きな事を調べる事だよ」
「ふぅん」
娘は如何やら夏休みの課題の売買に関するニュースを見ていたらしい。
「ねえぱぱ、じゆーけんきゅーしたい」
「…は?」

その時、運悪く部屋の扉が開いた。


*****


「中原殿、先日の報告書ですが」
「あ、れもんさんだー!」
娘が声の主に走り寄る。
「そうだ!れもんさんけんきゅーのたつじんだよね!」
「うはは達人か、良い響きだ」
「あのね、じゆーけんきゅーしたいの」
「ほう!研究に興味が!僕の研究室で手伝いをしてみるか?」

「するー!」


*****


「…あんま迷惑掛けんじゃねえぞ」
「はーい!」
きゃっきゃと笑う娘に早々に折れた中也。
「ではこの白衣を進呈しよう」
「けんきゅーしゃみたい!」
「立派な研究者だよ」
「みてぱぱ!」
だぼだぼの白衣姿で父に駆け寄ろうとすると
「一寸其の儘動くな」

「一眼レフとは良い物をお持ちで」


*****


「却説、嬢は何を研究したいのかな」
「んと、んー」
手が出そうにない袖をバタバタ振りながら考える。
「れもんさんはなんのけんきゅーしてるの?」
「僕は檸檬爆弾を常に研究しているよ」
「ばくだん」
物騒な言葉に慌てる中也を余所に梶井はあっと声を上げた。

「花火を作ろうか」


*****


「はなびってつくれるの?」
「勿論。檸檬爆弾と材料は同じだ」
「すごーい!」
真逆の提案に焦る中也。
「おい、娘はまだ三歳だ。余り危ない事はさせんなよ」
「大丈夫ですよ中原殿、研究者は安全第一ですからね」
口角を上げて話す梶井に中也は肩を竦めた。

「ちゃんと梶井の云う事聞けよ」


*****


手が出るように袖を捲ってくれた父に見送られ、娘は梶井と共に研究室へと向かう。
「はなび!はなび!」
「それだけ楽しみにしてくれると研究者冥利に尽きるね」
時々すれ違う構成員が全員顔を緩める中、娘はわくわくが止まらないのかしきりに研究の詳細を聞いた。

「けんきゅーたのしみ!」


*****


「さて、花火と言っても打ち上げる訳でも手に持つ訳でも無い」
ガスバーナーの周りに無色の液体が入ったスプレーボトルを何本も置き、梶井は自信満々にそう云った。
「どんなするの?」
「炎にこれを吹き掛けるんだよ」

Naと書かれたスプレーボトルをガスバーナーに向かって吹き付けた。


*****


「れもんいろ!」
「これはナトリウムと云ってね、炎に吹き付けると黄色になるのだ」
「もっかいやって!」
はしゃぐ娘に他のスプレーボトルを渡す。
「嬢もやってみると良い」
「やるー!!」
吹き掛けると色が変わる様子に目を輝かせる娘に、梶井は優しい表情をした。

「楽しそうで何よりだ」


*****


「これぱぱのかみのいろ」
橙色の火が気に入ったのか何回も吹き掛ける。
「それはカルシウムだな」
「かるしゅーむ、ぎゅうにゅーのやつ」
「良く知っているね」
「ぱぱがまいにちのんでる」
「…聞かなかった事にしておこう」
梶井は目頭を押さえた。

「次の段階へ行こうか」


*****


「くろいこなこな」
「マグネシウムと云うんだ」
実験用のゴーグルを娘に着けた梶井は手本を見せるようにバーナーに粉を振り掛けた。
「ぱちぱち!」
「色が変わる物とはまた趣向が違うだろう」
まるで巨大な線香花火を見ているような光景に娘の興奮は冷めない。

「れもんさんまほーつかい!」


*****


「楽しかったかな?」
「とってもたのしかった!れもんさんありがと!」
ぶかぶかの白衣にサイズの合わないゴーグルを掛けご満悦の娘の頭を撫で付ける。
「またけんきゅーする!」
「なら次回は食べ物が出来る研究をしようか」
「できるの!?」

「科学の申し子に出来ない事は無いぞ」


*****


「ただいまー!」
「お、帰って来たか」
梶井に抱えられて帰宅した娘を出迎える中也。
「研究出来たか?」
「たくさんした!ね、れもんさん!」
「ええ、楽しそうでしたよ」
娘の満面の笑みが嘘ではない事を示唆しており、中也は娘の頭を撫でた。

「楽しかったか、良かったなあ」


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