うらみちお兄さん 表田裏道
≪お兄さんと酔っぱらい≫
休み前はいつもより酒が進む。
日頃のストレスをアルコールに混ぜて胃酸で溶かし、ストレスを休日に持ち込まないようにするためかもしれない。
「裏道さん、まだ飲む?」
「ああ、ありがと。そうだ、これまだ飲んでないだろ」
「ありがと!さっきのも美味しかったけど、これも美味しいね!」
缶ビールを持った彼女が空いたコップにビールを注いでくれる。
彼女は俺ほど酒が飲めないから、早々に酌に回ってくれるのだ。
しかし、今日は少しの悪戯心から彼女でも飲めそうな酒を割と大量に仕入れて来た。
余ったら次に持ち越せばいい。
なんでそんな事するのかって?
…酔うと、その人の本音が聞けるじゃん。兎原みたいに。
「うらみちさぁ~ん…」
「水飲む?」
「うぅ~ん…」
腕に縋り付き、瞳を潤ませ、俺を上目遣いで見て来る彼女に理性を揺さぶられる。
正直もう理性なんてものは手放して本能のままに彼女を堪能したいが、それでは今回の目的が達成されなくなる。
我慢だ、裏道。
「ねぇ、聞きたい事があるんだけど」
「ぅん…?聞きたいこと…?」
「どうして俺と付き合おうと思ったの」
いつもは彼女の返答を恐れて口を閉ざしていたが、意を決して聞いてみた。
今も失神しそうな程に緊張しているけど、当の本人は首をコテンと傾げてこちらの様子を窺っている。
「うーん…」
「あれ、俺の話聞いてた?」
「きいてた」
「そう…なんか三歳児みたいな喋り方だな…」
「そんなことないもーん」
腕に力を籠め、なんか柔らかい物が二の腕にあたるのに気付かない振りをしながら彼女の返答を待つ。
「んんとね、うらみちさんはねぇ、人間味があって好き…」
「……人間味?」
「うん…」
実は酔いが醒めていて、俺を揶揄っているんじゃないだろうかと思ったが、本人は至って真剣な面持ちで俺を見つめている。
なんだ、人間味って。
その謎を解明すべく根気よく質問を続けると、大体の事が分かって来た。
今までは舞台や映画に出演する俳優のヘアメイクを担当していたが、意識や自己肯定感が成層圏を突き抜ける勢いで高く、それをお世辞と体裁で褒め続けていたら勘違いして口説かれる事が多かったのだという。
俺にもう少し権力があれば今まで彼女を口説いて来た奴をこの界隈から追放してやるのだが、たかが体操のお兄さんの権力では無理なのでやめておく。
「うらみちさん、愚痴もいうし、謙虚だし、人間だなぁって」
「俺の周りそんなやつばっかだけど…」
「あとね、もいっこあってね」
「ん、何?」
「初めてだったんだぁ、ちゃんと告白してくれた人」
「ちゃんと?」
「今まではねぇ『君、俺の事好きでしょ?』って言われてたのぉ。私が告白したように仕向ける作戦だったんだと思うんだぁ」
「なるほど」
流石は成層圏を突き抜ける意識の高さ、恐れ入る。
「だからねぇ、うらみちさんが『君の事が好きなんだ』って言ってくれたの、すっごく嬉しくてぇ」
「うわ、もう忘れてソレ…」
「やぁだぁ」
ふにゃりと無邪気な笑顔を晒す彼女が向かい合わせに跨って来た。
今この状況でこの体勢は色んな意味でヤバい。
「うらみちさぁん、だぁいすきぃ…」
普段は恥ずかしがってしたがらないのに、彼女から触れるだけのキスをされた。
それも何回も、啄むように。
酔ってる相手を襲うなんて真似したくないけど、今日はもう限界だ。
「ソファとベッド、どっちが良い?」
「…ベッド」
首に抱き着く彼女を横抱きにしてベッドに向かい、無防備に笑う口にキスを落とす。
「俺、幸せ者だわ」
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