コッペリア
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太宰は布団から飛び起きた。
体にはジットリと汗をかき、息が乱れている。
「こんなにも鮮明な夢を見たのは何時振りかな…」
自殺したいとは常日頃から思っているけれど真逆自殺の夢を見るなんて思わなかった。
しかも、片想いの相手と結ばれた瞬間にだ。
「ははは、悪趣味にも程がある…」
太宰が息を整えようと深呼吸を繰り返していると、部屋にチャイムが鳴り響いた。
ハッとして時計を確認した太宰の顔から血の気が引いて行く。
「太宰さーん?若しかしてまだ寝てるのかな…」
「澄ちゃん!御免、今起きた!!」
「えー!?本当に寝てたの!?もう約束を一時間も過ぎてるのに!!」
扉の先にはフワリとしたワンピースを着た澄が頬をパンパンに膨らませて仁王立ちしていた。
怒り顔も可愛い…と見惚れる間も無く澄がズカズカと玄関に入って来る。
「新しいケヱキ屋さん見つけたから一緒に行こうって誘ったの太宰さんでしょ!」
「本当に御免…直ぐ支度するよ」
「もー!…ん?如何したの、汗びっしょりだよ」
「嗚呼…夢見が悪かったみたいでね、近寄ったら濡れちゃうよ」
「ふぅん?どんな夢だったの?」
「……自殺する夢、かな」
自殺、の言葉に若干引き気味の澄に慌てて夢だから!と補足するも、夢に見る程自殺が好きなのかと勘違いされてしまった。
「シャワーした方が良いよ、風邪引いちゃう」
「でも支度が…」
「良いの!今日風邪引いたら次のケヱキが遅くなっちゃうでしょ!」
「…私の心配をしていない事はよく判ったよ」
「もー!私怒ってるの!!早くして!!!」
「は、はい!!」
大声で叫ばれ隣の部屋がガタガタと音を立てた。
若しかしたら寮の誰かが様子を見に来てしまうかもしれない。
其れは阻止しなければ。
「澄ちゃん、扉がノックされてもチャイムが鳴っても扉は開けないでね」
「判ってるよ!!」
「大声出さないで…!」
そろそろ国木田辺りが様子を見に来てしまいそうだ。
太宰の体から今度は冷や汗が噴き出す。
試行錯誤の後、漸くちゃぶ台の前に腰を下ろした澄に安堵し、太宰は風呂場に向かった。
「澄ちゃん、何してるの?」
「早く着替えないと頭皮火傷するよ?」
「はい…」
風呂から出た太宰は温風を頭に浴びていた。
後ろではちゃぶ台に乗った澄が太宰の髪にドライヤーを当てている。
依然として膨れっ面だが、彼女なりに身支度の手伝いをしているようだ。
「昨日は私も夢を見たの」
「へぇ、どんな夢?」
「太宰さんとケヱキ食べる夢」
「おやおや、そんなに楽しみだったのかい?」
「楽しみだったよ。なのに太宰さんが寝坊するから」
「本当に御免よ…」
罪悪感に苛まれながら釦を掛けると、温風が止んだ。
如何やら髪が乾いたようだ。
「約束、って云ったのに」
澄の呟きに、太宰は夢を思い出した。
ビルから落ちる寸前に、来世の約束をした事。
若しやアレは夢ではなく前世だったのだろうかとふと思ったが、止めた。
もし神様が居るとすれば随分とぞんざいな神様だ。
前世と今世がこんなにも類似しているなんて、有り得ない。
太宰は滑稽な思考を鼻で笑い、澄をちゃぶ台から下ろした。
「はい、準備出来た。約束を果たすよ澄ちゃん」
「…その格好で行くの?」
「何で?」
シャツの釦も止めたしベストも着てループタイも着けた。
他に何かあるだろうか。
「ズボン履かないの…?」
「え、あっ!?」
「そっか…太宰さんそう云う人だったんだ」
「違うよ!誤解だよ澄ちゃん!!」
白い目で見る澄に太宰が顔を真っ赤にする。
慌ててズボンを引っ張り出して履くと澄は呆れて溜め息を吐いた。
「と云うか、何でそんなに冷静なの!?」
「龍兄がお風呂上がり何時もそんな感じだから」
「…男兄弟が居ると変に耐性が付くんだね」
今度こそ出来たよ、と外套を引っ掛ける。
漸く出掛けられると判った澄はやっと笑顔を見せ、我先にと玄関へ駆けて行った。
「今日は何食べようかな?」
「お詫びに好きなだけご馳走するよ」
「やったぁ!」
「お詫びのついでと云っちゃ何だけど、手を繋いで良いかい?」
「良いけど、如何したの?」
「今日は繋いでおかないと君が何処かに行ってしまいそうな気がしてね」
「何処も行かないよ」
怒ったり笑ったりと表情をコロコロ変える彼女は誰が如何見ても普通の女の子で、夢で見た人形の様な彼女は此処には居ない。
そして、気持ちはまだ伝わらないがこうして手を取る事も出来る。
もう逃げないようにと片想いの相手を自動人形にしてしまう事はもう無いのだ。
「太宰さん、早く!」
「そうだね、急ごうか」
ケヱキを楽しみに満面の笑みを浮かべる澄は、自動人形への恋を打ち砕いた青年の恋人の様だった。
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