コッペリア
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「先刻は御免ね澄ちゃん」
「首領、もうだいじょうぶ?」
「うん。君のお陰で元気になったよ、有難う」
散らかった侭の部屋で、太宰は執務机で澄を膝に乗せていた。
涙で濡れたドレスを着替えさせ、澄は窓から見た夕陽にほんのりと染まったような薄い橙色のドレスを身に纏っている。
「目、まっか」
「ふふ、そう?随分醜態を晒してしまったからね」
「いたい?」
「ううん、痛くな…」
言葉を紡ぎ終わるより先に口の動きを止めた。
否、止まってしまった。
澄がゆっくりと顔を近付け、太宰の瞼に唇を寄せたからだ。
今までする素振りも見せなかった澄の突然の行動に、太宰はゆっくりと遠ざかる影を目で追い乍ら数秒口を開けたまま固まり、我に返った瞬間ブワリと顔を紅潮させた。
「え、え…澄ちゃん?」
「首領、よくやってた」
「そう…だけど、如何したの?」
「ないてるとき、これ、うれしかった」
照れ臭いのか俯いてしまった澄に呆然とする。
嫌がりはしないから嫌いでは無いのだろうとは思っていたが、真逆嬉しいと云われる日が来るとは思わなかった。
また涙腺が緩みそうになるのを必死で堪え、頬を染めた侭微笑むと、澄がゆっくりと首に腕を回す。
「これ、あったかくて、すき」
「澄ちゃん…」
「あたま、なでると、きもちい」
「……そんな風に思ってくれていたんだね」
「ん、首領、だいすき」
今度は頬に柔らかい物が触れ、太宰は耳まで真っ赤にして狼狽え始めた。
唇で顔に触れてくれるだけでも嬉しいのに、澄が紡いだ「大好き」の言葉に声にならない叫びが喉奥で響く。
こんな姿を部下に見られでもしたら、もう首領の椅子には座せられなくなるだろう程に締まりの無い表情を晒していた。
余りの恥ずかしさに太宰が話題を変えようと周囲を見回すと、散らかった部屋の中で唯一無傷の物が目に入った。
澄のケエキだ。
「そうだ澄ちゃん、ケヱキ食べる?」
「ん、食べる」
澄も首に回していた腕を緩め視線をケヱキへと移す。
何時もより嬉しそうな表情に太宰は違和感を感じたが、澄に急かされフォークを手にした。
常温になり柔らかくなったクリームにフォークが沈み、隣で唾を飲む音がする。
「はい、あーん」
「あー」
零れそうなクリームに注意し乍らゆっくりと口へと運ぶ。
口に入れ咀嚼する澄は目を閉じしっかりと味わっていたが、飲み込むと同時に目を開け太宰を視界に入れた。
「おいしい」
「そう、時間が経ってたから如何だろうと思ったけど、それなら良かった」
「首領と、いっしょ」
「うん?私と一緒に居るのが如何かしたのかい?」
「いちばん、おいしい」
太宰は目を疑った。
口の端にクリームが付いているのは見えているのに、拭う手は動かなかった。
今まで多少なりとも表情はあったが、基本無表情だった澄が目の前で満面の笑みを見せていたからだ。
其の表情の後ろに、“本来の世界”で見た彼女の楽しそうな表情が重なって見える。
———嗚呼、此の子は本当に人間だったんだ。
そう太宰の口から零れそうになった。
そして、先日読んだ「コッペリア」の絵本を思い出した。
これでは青年と逆だ。
人間の女の子を人形だと思い込んでいたみたいじゃないか。
…否、“本来の世界”では手に入れられていない彼女を失うのが怖くて、人形にしてしまったのは自分だ。
中也が此の絵本を選んだ理由が、漸く判った気がした。
パチリパチリとパズルのピースが合わさる音が頭に響くにつれ、太宰の心の奥底に封印していた感情がじわりじわりと表面に浮き出て、太宰を支配した。
「澄ちゃん…」
「首領?」
「好きだ澄ちゃん。愛してる」
ずっと云いたかった言葉。
“本来の世界”ではまだ伝えられていない気持ち。
冗談めかして口にした事はあれど、本心はひた隠しにしていた。
其れが今一つになって目の前の彼女に届こうとしている。
「大好きだよ澄ちゃん。ずっと一緒に居て欲しい」
言葉を紡ぐ太宰の目からはまた涙が溢れていた。
澄は笑みを崩し心配そうな表情を浮かべ、溢れる涙を袖で拭った。
「首領、だいすき」
「澄ちゃん…!」
「ずっと、いっしょ、やくそく」
「そうだね、約束したものね」
「だから、なかないで」
止まらない涙を懸命に拭う澄を痛い程抱き締める。
自分を落ち着かせる為に深く息を吸った太宰は、何かを決心した様に瞳を澄へと向けた。
「澄ちゃん。私と、心中して欲しい」
「……しんじゅう?」
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