コッペリア
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「そうだ、素敵な衣装を着た可愛い澄ちゃんを皆に見て貰おう」
そう云うと太宰は四年間一度も通電しなかった黒い壁を一面ガラス張りに替えた。
外は橙色に照らされた高層ビルが鎮座し、其の下で低い家々が肩を寄せひしめき合っている。
「…まぶしい」
「外の光は久し振りだものね。起きたばかりだから朝陽の様な気がするかもしれないけれど、此れは夕陽だよ」
「ゆうひ」
そう、澄はこの四年半、何時も夕方に起床し朝方に床に就く生活を送っていた。
何故なら、意外にも昼間の外出が多い太宰が出来るだけ一緒に居られる様にと考えていたからだ。
其の事は決して本人には云わず、四年半ぶりに目にする他の建物を忙しなく視界に入れる澄を楽しそうに見つめる。
「向こうの建物から澄ちゃんの姿は見えているかな?嗚呼、可愛い澄ちゃんを見て拐かしに来ないか心配になって来たよ」
云い乍ら床に座る澄を固く抱き締める。
太宰が頬擦りをすると、真似をしてか肩口に弱々しく頬を擦りつけ、其の儘ゆっくりと目を閉じた。
次第に外の橙色が薄くなり、町は黒と青の混ざった色が深くなる。
ふと、部屋の外から忙しない足音が一つ、此方に近付いて来た。
音を聞いた澄はゆっくりと目を開ける。
「太宰さん、侵入者です」
敦が足早に執務室に入って来た。
其の表情は不安と困惑が混ざり、複雑な心境が一瞬で見て取れる。
澄の髪を丁寧に撫で乍ら敦の話に耳を傾ける太宰は、時々短い返事を返した。
急に声音が低くなった太宰に澄は少しばかり身を固くする。
「…、怖がらないで澄ちゃん。君の事を怒っているんじゃない」
「はい、首領」
ゆっくりと頷く澄に安心した表情を向ける太宰は、敦にとって不可解なものだった。
然し、様子を窺う様な視線に返答をする者は誰も居ない。
其の代わりに敦は侵入者について、こう質問した。
「あの侵入者が銀さんの兄と云うのは、本当ですか?」
澄は少し、ほんの少しだけ目を見開き、其の瞳に太宰を映した。
太宰の口元が少しだけ歪む。
「…龍、兄?」
「え」
「龍兄、きてるの?」
澄はビルの下を見ようと外を覗き込もうとした。
が、ゴンと云う鈍い音が其れを邪魔した。
綺麗に磨かれた硝子に気付かず、頭をぶつけてしまったらしい。
「澄ちゃん、大丈夫かい」
「いたい」
「痛かったねえ、よしよし」
太宰は澄の体を部屋の中に向き直らせ、胸に顔を埋めた。
其の様子は何処と無く何かに怯えるかのようだ。
「太宰さん、其の子は…」
「澄ちゃんは銀ちゃんの妹だ」
「…知りませんでした」
「此の子はお兄ちゃん似だからね」
頻りに窓の外を見ようと体を捻る澄を、太宰は長外套ですっぽりと覆ってしまった。
大人しくなった澄の背中を叩き乍らポケットからリモコンを取り出し、壁を黒く塗り潰す。
「お兄ちゃんに会いたい?」
「あいたい」
「………」
真っ直ぐ自分を見つめ言葉を紡いだ澄に、太宰は言葉を詰まらせた。
口元が歪むのを懸命に抑えているからか、口の端が小さくヒクついている。
敦は其のやり取りを黙って見守った。
「矢張り、お兄ちゃんが良いかい?」
「いいか、わるいかは、わからない」
「また一緒に暮らしたい?」
「わからない」
澄は頭を振って俯いてしまった。
滑らかな黒髪が床に広がっていくのを、太宰は呆然と、と云う言葉が合うであろう表情で虚ろに見つめている。
敦は侵入者について聞きたい事が山程有り、太宰に質問をぶつけるか否か思案していたが、空気の重さに耐え切れず酸素を求める様に部屋を後にした。
「澄ちゃん…」
「首領、龍兄にあえる?」
「…彼が此処まで登って来たら、ね」
「首領、おそとみたい」
「今日はもう真っ暗だから何も見えないよ。また明日ね」
「はい、首領」
太宰はゆっくりと頷く澄を抱え上げ、執務机の椅子に腰掛けさせた。
何時も膝に乗せられていた場所に一人で座っている事に困惑しているのか、視線は太宰を向いた侭離そうとしない。
「首領?」
「ケヱキを置いておくよ」
「どこにいくの?」
「少し大事な用でね。そんなに時間は掛からない筈だから、食べている間に帰って来るさ」
「…まってる」
「うん、良い子で待っててね。約束」
膝の上にキチンと置かれた手を取り、其の指の付け根に口付けを落とす。
澄の灰色の瞳に映る太宰の茶色の瞳は、錯覚か滲んでいる様に見えた。
「いってらっしゃい」
自分から離れ扉に手を掛ける太宰に向かって小さな声で呟く。
振り返った太宰は、何時も通りの笑顔を向けた。
「行ってきます」
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