コッペリア
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彼女を此処まで育てるのは大変だった。
連れて来た当初は、其れは其れは抵抗されたものだ。
部屋から出るなと命じても賢い彼女は何とか鍵を開けて外に出ようとした。
其れを予知していた私は部屋の外に武装した構成員を十名程配置し、元来臆病な彼女は足元に威嚇射撃を一発受けると、顔面蒼白で何度か転び乍ら部屋の机の下に潜り込み、丸一日出て来なかった。
其れから彼女は部屋の外へ出なくなった。
食事を食べさせようとすると、空腹のせいか警戒しているせいか指を持って行かれそうな程噛みついて来た。
強く噛みつこうとすればする程食事の量を減らすと、次第に大人しく食べるようになった。
お風呂なんかは酷い物だった。
服を脱がせようとすると貧民街で見た凌辱の光景を思い出すらしく、私の鳩尾を躊躇なく蹴り飛ばして部屋の隅から動かなくなった。
暴れる彼女を宥め乍ら入った風呂は疲れを癒す処の話ではなく、其の後中也と仕事の話をしている最中に珍しく船を漕いだ。
本当に大変だったんだ。
まるで人形だと云われようとも、澄ちゃんを傍に置くにはこうするしか方法が見つからなかった。
今現在大人しく私と一緒に風呂に入り、抱き抱えられ、食事を食べさせられ、私の隣で寝息を立てる様になるまで、かなりの時間を要したし苦労があった。
だから私は、彼女を手放す気は一切無い。
たとえ、家族が迎えに来ても。
「見て中也!最高傑作だ!!」
朝食の準備を整えていた中也が其の声に振り返ると、自分でも無意識の内に「げ」と云う声が口から零れ出た。
思わず持っていたカトラリーを落としそうになり、重力操作で如何にか定位置に戻す。
「おいおい…やり過ぎだろ」
「良いじゃないか、澄ちゃんも気に入ってるし。ねえ?」
「はい、首領」
「だから澄は肯定しかしねえっつってんだろ」
見せつける様に盛大に溜め息を吐き、中也は苦々しい顔で二人に視線を合わす。
太宰はいつも通りの黒いスーツに黒の長外套だが、其れとは対称に澄は真っ白のドレスを身に纏っていた。
抱かれているにも関わらずドレスの裾は床に擦れるギリギリの処まで伸び、頭には輝くばかりのティアラが着けられている。
「結婚式でも挙げる気かよ」
「結婚か、其れも良いねえ!後で役所に婚姻届けを出しに行こうか」
「巫山戯んな、圧し殺すぞ」
「…やれやれ、空気の読めない男だねえ」
盛り上がっていた気分を下げられ、太宰は少々不機嫌な顔で椅子に腰掛けた。
其の様子を澄がジッと見つめているのに気付き、安心させるように手を頬に滑らせる。
「君の事を怒っているんじゃない。本当だよ?」
「はい、首領」
其の手に擦り寄り小さく頷く澄を、太宰は幸せそうにキツく抱き締める。
抱擁は一分以上続き、澄の視線は最早太宰ではなく食事に向いていた。
「おい、腹減ったってよ」
「澄ちゃんはそんな云い方しないよ。御免ね、お待たせ」
ほんの少しだけ不服そうな表情を見せる澄に頬擦りしてから、太宰は何時もの調子で朝食を食べさせる。
片方がウェディングドレスと云う異様な光景に耐えなくなった中也は壁に凭れてナイフの手入れを始めた。
「手前、今日は出掛けねえだろ。俺は用事があるから出るぜ」
「何処へなりと行ってよ。地獄なんて如何だい」
「黙れ。其れは手前を殺してからだ」
「はいはい。其れより扉は静かに閉めてよね。先日澄ちゃんが怖がってしまったのだから」
「いちいち煩えな」
明らかに面倒そうな表情で舌打ちをかました中也はナイフを定位置に戻し、音も立てずに部屋から立ち去る。
部屋の隅で銀が見守る中、二人の食事はもう暫く続いた。
「銀ちゃん、ご覧。今日の澄ちゃんは特別可愛いだろう?」
「ええ、素晴らしいお見立てです。良かったね澄」
「うん」
口の端にジャムをくっつけたまま澄が返事をすると、締まりの無い顔で太宰が其れを拭ってやる。
淡々と二人のやり取りを観察していた銀がまた口を開いた。
「首領は如何して其処まで澄を可愛がるのですか?」
「銀ちゃんも可愛がって欲しい?」
「否、そう云う訳では」
「判っているよ。そうだね、強いて云うなら…『前から手に入れたかったから』かな」
「前から?」
「何、此方の話だよ」
姉と同じ様に首を傾げる澄に視線を向け、彼女の鼻に唇を寄せる。
「だから、私とずっと一緒に居てね。澄ちゃん」
「はい、首領」
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