コッペリア
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「只今ぁ」
執務室の扉が開かれ、黒い長外套を翻して太宰が帰還した。
後ろに居た護衛達は扉の直ぐ後ろで歩みを止め、扉が閉まるまで後方を警戒し銃を構えているのが見える。
「首領、おかえり」
「只今澄ちゃん、寂しい思いをさせたね」
朝の様に両手を広げると、澄はまたゆっくりと近付いて太宰の腕に包まれに行く。
弱々しくも背中に手を回され、太宰の口元が柔らかく歪んだ。
其の儘澄を持ち上げ執務机に近付けば、留守番をしていた中也が退屈そうに大きな伸びをした。
「漸く解放か」
「随分と重労働の様に云うじゃないか。君、ケヱキを食べさせる以外何もしてないだろ」
「見張るだけってのもなかなか辛いモンがあるんだよ」
「こんなに可愛い澄ちゃんと一緒の空間に居られるんだ。幸せだろう?」
「其の話長くなるなら俺は出てくぜ」
中也はサッサと太宰が入って来た扉へと近付いて行く。
ふと太宰が机の上を見ると、出掛ける前はあったフルーツたっぷりのスポンジケーキが跡形も無く綺麗に無くなり、其の横には絵本が一冊置いてあった。
直後、執務室の扉が乱暴な音を立てて閉まり、澄はビクリと肩を震わせる。
「扉は静かに閉めろと何時も云ってるのに…怖かったね、もう大丈夫だよ」
おいで、と声を掛けられ、澄は太宰の首にしがみ付いた。
腕は微かに震え、余程吃驚した事が窺える。
太宰はあやす様に背中をゆっくりと叩きながら椅子に着席し、空の皿の横に置いてあった絵本を手に取った。
「澄ちゃん、此れは中也が持ってきたのかい?」
恐る恐る顔を上げ絵本を視界に入れた澄は小さく頷いた。
食後に読んで貰っていたらしい。
“コッペリア”と書かれた表紙に視線を落とし、中を開いてみる。
其処には一見すればハッピーエンドのお話が書かれていたが、太宰は余り面白く無さそうに本を閉じてしまった。
「青年は見目麗しい自動人形に恋をし、恋人と喧嘩した、だって。滑稽だね」
「こっけい?」
「可笑しいって事さ。然も此の青年、恋をしたのが自動人形だと気付いていないらしい」
澄が絵本に手を伸ばしたので渡してやると、表紙を開いて頁を眺め始めた。
文字は読めない筈だから、きっと挿絵を見ているのだろう。
太宰は其の姿を眺め乍ら彼女の髪を一束掬って毛先の白に口付けた。
「でも私は君の正体をちゃんと知っている。君は人間だ、自動人形じゃない」
同意を求めてみるが首を傾げて動かない澄に、太宰は小さく苦笑を漏らした。
彼女の持つ絵本の挿絵には、バラバラに壊れた自動人形の姿が物悲しく描かれている。
「処で、ケヱキは美味しかったかい?」
「おいしかった」
「そう、良かった。澄ちゃんはケヱキが好きだものね」
ゆっくりと、少し幸せそうに頷く澄の頬にそっと接吻をする。
額を合わせると灰色の瞳がしっかりと太宰を映しており、太宰は彼女よりも幸せそうな顔で見つめ返した。
「外に出て汚れてしまった。また一緒にお風呂に入ろうか」
「はい、首領」
「今日は寝間着も淡桃色にしよう。今日の君は此の色がよく似合う」
太宰は銀を呼び、朝の様に澄と二人で湯船に浸かった。
風呂から上がる頃にはまた眠気を訴える彼女に丁寧に寝間着を着せ、彼女が深い眠りに就くまで背中を叩き乍ら再度“コッペリア”を読み上げた。
「中也の奴、生意気に警告の心算かな。君を愛玩人形の様に世話をするのが不気味で仕方無いと云った感じだねえ。そう思わない?」
規則正しく上下する肩に向かって、太宰は返答の無い質問をポツリと呟いた。
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