コッペリア
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床も天井も、四方の壁も全てが黒に塗り潰され、所々には高級だが場違いに見える調度品が等間隔で並んだ執務室。此処が太宰の仕事場だ。
澄を抱えた太宰は部屋に入ると机の前に佇む青年に声を掛けた。
「やあ中也、朝食の準備は出来ているかい」
「見りゃ判んだろ。今し方整えた処だ」
「良かったねえ澄ちゃん。朝ご飯待たなくて良いって」
至近距離で視線を合わせると、澄は少しだけ首を縦に振った。
其の様子を青年———中原中也が呆れた顔で眺めている。
「今日は桃色か」
「可愛いだろう?まあ澄ちゃんは何を着ても可愛いのだけど今日のは自信作だ」
「へいへい」
首領用の椅子を引き、太宰は澄を抱えた儘其処に座る。
膝の上に乗せられた澄は太宰と食事を交互に見つめるばかりで手を伸ばそうとはしない。
「さて、食べようか」
「はい、首領」
「食事の時の挨拶は?」
「いただき、ます」
「良く出来ました。いっただっきまーす」
本当に裏社会を牛耳るポートマフィアの首領だろうかと勘違いしそうな程間延びした声に、後ろの中也が頭を抱えた。
「手前、シャキッとしろシャキッと」
「ご飯の時ぐらい良いじゃない。ねえ澄ちゃん」
「はい、首領」
「澄は肯定しかしねえだろうが。勝手に味方に付けてんじゃねえよ」
そんなお小言など既に耳には入っておらず、太宰は食事を見つめる澄の口元にジャムを塗ったパンを近付けた。
「はい、あーん」
「あ、」
口元のパンを躊躇なく口に入れ、小さな口でゆっくりと咀嚼する。
連れて来られた当初は貧民街の癖かガツガツと食べる素振りがあったが、現在はそんな様子など微塵も感じさせない。
此れも太宰の教育の賜物である。
「美味しい?」
澄は無言で頷き、其の口にパンを運ぶ太宰の楽しそうな姿を中也は不気味な物を見る様な目で暫く眺め続けた。
「ごちそう、さま」
「はい、ご馳走様でした。おや、お腹が一杯になったら眠くなってしまったかな?」
澄の口を拭き膝に座り直させると、彼女は既に目が半分以上開かなくなっていた。
目の前では銀が朝食の皿を片付け、後ろには中也が護衛とは云い難い程の仁王立ちで立っている。
今にも眠りに就いてしまいそうな澄を寝台に連れて行こうと腰を上げる準備をした直後、扉の外からコツコツと足音が聞こえて来た。
「首領、敦です。招集に応じ、参上致しました」
「おや、そう云えば呼んでいたな」
遊撃隊長である中島敦が謁見に訪れたのだ。
もう殆ど目を閉じかけている澄と扉を交互に見つめ、何方を先に済ませるかを考える太宰に代わり、中也が痺れを切らして「入れ」と声を上げた。
「一寸、澄ちゃんが風邪を引いたら君のせいだからね」
「手前がサッサと持って行かなかったのが悪いんだろうが」
「持って行くだなんて物みたいな云い方をしないでくれるかい」
「あ、あの…」
二人とは別の声がして視線を動かすと、首の上まである黒外套に身を包んだ少年が居心地悪そうに扉の前に立っていた。
中也は軽く舌打ちし、太宰の一歩後ろへと下がる。
「ご苦労だった、敦君。帰還を歓迎しよう」
完全に目を閉じ、反対側の膝へと移動させられた澄を見つめ、中也は太宰に気付かれないよう心の中だけで溜め息を吐いた。
「物扱いしてんのは手前の方じゃねえか」
謁見が終わり執務室を出て行く敦と入れ替わりに中也が入って来る。
依然として眠りに就いた儘の澄を愛おしそうに見つめる太宰に水を差すべく口を開いた。
「手前、そろそろ出る時間だろ」
「嗚呼そうだった。困ったなあ、澄ちゃんが起きたら寂しい思いをさせてしまうね」
「寝台に寝かせとけ。俺が面倒を見る」
「幾ら可愛いからって手を出さないようにね」
澄を隠すように抱き締める太宰に米神の血管が浮き眉が痙攣する。
一触即発の空気に一瞬澄の眉間に皺が寄り、太宰は慌てて落ち着かせた。
「…まあいいや。ケヱキを置いて行くから、起きたら食べさせてあげてね」
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