壱頁完結物


「おい」
「何?」
「其のドレス如何した」
「あら、似合わない?」
「否、似合ってはいるんだが」
椅子に座り頬杖をつき乍ら怪訝そうに女性を見る中也。
「露出多くねえか?背中なんか隠す気ねえじゃねぇか」
「仕方無いじゃない、首領の命令だもの」
「は?首領が?」

「色任務なんですって」


*****


「…聞いてねえぞ」
「私もつい先刻云い渡されたのよ。今度の招宴に標的が来るみたいで」
「つい先刻で既にドレスがあるのは可笑しくねえか」
「姐さんの仕入れよ。流石私の好みを判ってくれてるわね」
其の場でクルリと回る女性を中也が苦い顔で見つめる。

「姐さん…勘弁してくれよ…」


*****


「つか其の招宴、元々俺の嫁って肩書きで行く筈だったじゃねえか」
「肩書きは変わらないわ。相手が人妻好きなんですって」
「…最悪だぜ」
中也は天井を仰いだ。
正攻法で手に入れた女性を任務とは云え他人に触らせるのは気が乗らない。

「やっぱ行くの止めようぜ」
「其れは無理よ」


*****


うだうだしている間に招宴当日になった。
未だ気乗りしない中也に彼女が話し掛ける。
「何時まで膨れている心算?」
「んな事云われてもな…」
「任務が始まるまではデエト出来ると思って楽しみにしていたのは私だけかしら」

業とらしく溜め息を吐いてみせると、中也が折れた。


*****


「なら此れ着てろ」
ずい、と渡された外套を云われる儘に羽織ると漸く膨れっ面が収まった。
「会場着くまで絶対着てろ。後手も離すなよ」
「素敵、情熱的だわ」
「其れ以上茶化すなら帰るぞ」
「冗談よ、そんなに怒らないで?」

指をゆっくりと絡めると口許が少しだけ緩んだ。


*****


招宴場に着き標的を探すと意外にもアッサリと見つかった。
「彼ね」
「…本当に行くのか」
「安心して、其処らの諜報員より上手くやって見せるわ」
「否、そうじゃねえよ」
話が通じない彼女に諦めの溜め息を吐いた中也は、外套を回収して手の甲に口付けた。

「早く終わらせろよ」


*****


偶然ぶつかった振りをして標的に接触した彼女は親し気に話し始めた。
どうやら連れとはぐれ心細かったと云う設定のようだ。
其れを招宴客に紛れながら見張る中也の眼光は人一人斬れそうである。
「芥川、もう良い行け」

「まだ彼女より合図が出ておりませぬ故無理です」


*****


「お連れ様は見つかりそうですか」
「いいえ…部屋を出てしまったのかしら」
一歩標的へと寄り添うと腰に手を回された。
「優しいのね」
「ずっと立っていてお辛いでしょう、何処かで足を休めませんか」
標的は更に腰を引き寄せながら歩き始めた。

「芥川!!」
「中也さん落ち着いてください」


*****


「随分豪華な部屋ね」
通されたのは併設しているホテルの一室。
キングサイズの寝台が存在を主張している。
「適当に寛いで下さいね」
「有難う。駄目ね、ヒールに慣れなくちゃ」
そう云い乍ら靴を脱ぐと標的が見つめている事に気が付いた。
「何か?」
「いいえ、素敵なドレスだと思いまして」


*****


「大きく開いた背中に足の付け根まであるスリット、若しや旦那様とは…」
「さあ、如何かしら」
「隠さずとも良いじゃないですか」
水のグラスを両手に標的が近付いてくる。
「僕に身を委ねても宜しいのですよ」
「素敵なお誘いどうも有難う」
妖艶に笑って見せると標的も微笑む。
「でも…公平じゃないわね」


*****


「公平ではない、とは」
「ご存知?女性の身体には秘密が詰まっているのよ」
「ええ、存じておりますとも」
舐めるように彼女の身体を見つめる標的に少しずつ近付く。
「私だけ秘密を晒すのは恥ずかしいでしょう?だから…」
標的の胸に顔を寄せ、上を向く。
「貴方の取っておきの秘密、教えて下さらない?」


*****


彼女の演技に標的は簡単に堕ち、ポートマフィアに知られれば始末される情報を洗いざらい吐いた。
今すぐ目の前の女性を手に入れたいのだろう、彼是話す間も彼女の身体から目を離さない。
「どうです、なかなかの秘密でしょう」
「そうね…素晴らしい秘密だったわ」
「じゃあ…!」
「ふふ、莫迦な人」


*****


彼女がニコリと笑った瞬間、扉が凄まじい音を立てて壊れた。
慌てて立ち上がる標的に黒獣が襲い掛かる。
「流石ね芥川。時間ぴったり」
「僕は仕事をしたまで」
ケホ、と咳を一つして一瞬で赤に染まった部屋を見渡した。
「任務完了、帰還しましょう」

「芥川が良い子で嬉しいわ」


*****


芥川と招宴会場に戻ると、殺気を気取られる程纏った中也が迎えた。
「あら如何したの、体調でも悪いの?」
「…んな訳有るか!何で処理班が芥川単身なんだ巫山戯んな!!」
「幹部が表立って動いて如何するのよ」
淡々と聞いて来る彼女に中也の機嫌がどんどん悪くなる。

「…帰るぞ」


*****


「私まだご飯全然食べてなかったのに」
帰りの車で膨れたのは彼女の方だった。
「家帰ったら作ってやるから我慢しろ」
少々乱暴に腰を引き寄せる中也に彼女が驚いた顔で見つめる。
「先刻から如何したの?…ねえ、中也ってば」

「手前、頼むからそろそろ俺の女だって自覚してくれ…」


*****


「莫迦ね、自覚するのは貴方の方よ」
中也の肩に凭れ乍ら溜め息を吐く。
「私は貴方の女。一寸の事で他人に気が向く程軽い女じゃないの、判ってるでしょう?」
行きと同じ様に指を絡ませ、振り向いた中也に口付ける。
「もう一寸信頼してくれても良いんじゃないかしら」

「…はぁ、ったく」


*****


「やっと機嫌が直ったわね、晩ご飯が楽しみだわ」
「へいへい、何が食いたいんだ」
「そうね、洋食…挽肉焼ハンバーグが良いわ」
「ま、悪かねえな」
楽しそうに笑う彼女に今度は中也から口付け、漸く二人は笑い声を上げた。

「お二人は何時も仲が良いですね、芥川先輩!」
「前を見て運転しろ樋口」



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