壱頁完結物
「はい、武装探偵社」
国木田が受話器を取り上げると依頼があるのだけど、と女性の声がした。
「如何云った内容で」
『直接の方が説明しやすいから、今からお伺いしても宜しいかしら?』
「ええ構いません、お名前をお願いします」
国木田が口にした言葉に太宰の顔が引き吊った。
*****
「国木田君、私具合が悪いから早退しても良い?」
太宰は徐に立ち上がって扉へと向かう。
「莫迦云うな先刻までピンピンしていただろうが報告書はまだか」
「其れを一息で云えるなんて流石国木田君!」
「矢張り元気だろうが!待て!逃げるな!!」
扉を開けた太宰が何かにぶつかった。
*****
ぶつかったのは女性だった。
「あら失礼」
「……げ」
「何よ、随分な挨拶ね太宰」
女性が不服そうに溜め息を吐くと、後ろから国木田が太宰の襟首を掴む。
「同僚が失礼しました」
「貴方が電話に出てくれた人ね。初めまして」
只微笑んでいるだけなのに色気を感じる其の表情に国木田が呆けた。
*****
「君、何しに来たのさ」
太宰がふわふわした空気に水を差す。
「太宰の顔が見たくなったのよ」
「依頼とか云ってなかった?」
「些末な問題よ。こうでもしないと私は探偵社に入れないでしょう?」
女性は当然のように云う。
「太宰、彼女と知り合いか」
「知り合いも何も、昔の私の世話係りさ」
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「世話…?」
「うん」
あっけらかんとした顔で太宰が頷く。
「部屋は汚いし食事の好き嫌いは激しいし誰のか判らない血液の付着した包帯を替えろと云うし最悪だったわ」
「いやぁあれは気持ち悪かった」
「此方の台詞よ」
二人のやり取りが全く理解出来ず国木田は立ち尽くす。
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「そう云や彼奴とは相変わらずかい」
「ふふ、其れを話したくて来たのよ」
気が付けば二人は応接室へと歩を進めている処だった。
我に帰った国木田が止めようとするが振り返った太宰が其れを遮る。
満面の笑みで。
「国木田君、お客様にお茶をお出しして」
「…お前がやれ!!」
*****
「つまり貴女はポートマフィア幹部の世話役で、以前幹部だった太宰を世話していたと」
「ええ、其の解釈で合っているわ国木田さん」
太宰が厭そうに運んで来た緑茶を口に含み、女性はニコリと笑った。
「陽の目の中る世界でどんな顔をしてるのか見てみたくて
「貴方、お茶入れるの下手ね」
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「こんな事じゃ心中相手なんて当分見つからないわ」
「嗚呼もう嫌い、二人揃って本当に嫌い」
「有難う」
「褒めてないから」
国木田の隣で頬杖をつく太宰が吐き捨てる様に云う。
「二人とは俺の事か」
「違うよ、“元”相棒の方。彼女の幼馴染みでねえ」
「彼奴、中也には云って出てきたのかい」
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「真逆、云ったら絶対止められるに決まってるもの」
「いっそ止められれば佳かったのだよ」
差し出された湯呑みを手に立ち上がる。
もう一度入れて来いとの事らしい。
「今度はとびきり美味しいの入れてね」
「吹き出すほど不味いの入れてあげるよ」
「あら優しい」
「…本当良い性格してるよ」
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「太宰が素直に従うとは…」
「酷い顔だけどね」
感心し目を輝かせる国木田を微笑ましそうに笑う女性。
「話を真面目に聞くから調子に乗るのよ。貴方もうちのも」
「うちの…嗚呼」
「今は彼の世話係なの。綺麗好きだし何でも食べるし助かってるわ」
「怪我が多いのだけは相変わらずね」
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「そう、其れなのだけど」
湯飲みがなかなかの音を立てて女性の前に置かれる。
「話したい事って?」
「嗚呼そうだったわ」
茶の礼を云い乍ら女性は薄い手袋を脱いだ。
「…おやまあ」
「漸くよ、長かったわ」
手袋の下、左手の薬指にキラリと光る指輪。
「そう、あの中也がねえ…」
*****
「とても素敵なプロポーズだったわ」
「容易に想像出来るよ」
苦笑している太宰は口には出さずとも女性を祝福しているらしかった。
口元がほんの少し弧を描いていたからだ。
「君に想いを伝えもせず私に嫉妬ばかりして常に突っかかって来たあの中也がねえ」
国木田が静かに同情した。
*****
其れから暫し歓談をしていると、女性が徐に立ち上がった。
「お手洗いを借りたいのだけど」
「ご案内しましょう」
国木田と連れ立って席を立ち、残された太宰の目の前には女性の携帯端末。
「不用心極まりないねえ」
そう云う太宰の顔は何か企んでいる。
「中也の面白い画像でも無いかなあ」
*****
太宰の指が端末の画面を滑る。
「中也の誕生日がパスワードとは…」
溜め息交じりに写真のフォルダを漁ると一覧表示が出て来た。
「今度会った時の為に何枚か貰って行こう」
そう云い一枚の写真を選択しようと触れる直前。
画面が切り替わり、其処に出たボタンに触れてしまった。
*****
『手前ェ!漸く出やがったな今何処に居んだ!アァ!?』
「うげ…やらかした」
画面には通話のマークが大きく映っており、その下には「旦那」の文字。
「何なの、旦那って」
『おい!聞いてんのか!!』
「君ねえ、愛する女性に其の云い草は無いんじゃないのかい」
『其の声…太宰か?』
*****
「ご明察。早く引取に来てよ、私心労で死にそう」
『佳かったじゃねえかサッサと死ね。んで彼奴は何処だ』
「今席を外して」
「あら、代わりに出てくれたの?有難う太宰」
「うわぁ…最悪」
『おい、其処に居るなら代われ』
「云われなくても」
「君、電話掛かって来るの判ってたでしょ」
*****
「当然よ。彼の予定は全て把握してるもの」
「あ、そう」
太宰が端末を投げるのを難なく掴む女性。
「はぁい中也」
『ったく出掛けるなら声掛けろっつったろうが』
「だって探偵社に行くなんて云ったら止めるでしょ?」
『当り前だ!』
「だから云わなかったの」
「彼女、
「でしょ」
*****
『迎えに行く。探偵社に居んだな?』
「ええそうよ。ふふ、お迎えなんてお姫様みたいね」
『ちっとは反省しろ!!』
「待ってるわ」
『あ、おい待…』
まだ声が聞こえる端末の赤いボタンを押し、女性はソファにゆっくりと腰掛ける。
「残念、もう帰らなきゃ」
「一刻も早く帰って構わないよ」
*****
程無くして黒い帽子の下に血管を浮き上がらせた中也が到着した。
「手前覚悟しろよ」
「あら、そんなに怒って如何したの?お茶でも飲んで落ち着いたら?」
はい、と手渡した湯呑みを一気に煽った中也は其の儘中身を盛大に吹き出した。
「まっっっず!!」
「矢張りお茶入れるの下手ね太宰」
*****
「君のあの反応が見たかったのに」
「女性に対して失礼よ」
「君みたいな女性が世の中に居るなんて信じたくも無いね」
笑顔で火花を散らす二人に挟まれた国木田が限界を迎えて自分の席へと逃げた。
「手前等いい加減にしろよ…」
「君も勢いよく飲んだよねえ」
「手前何時か死なす」
*****
「はぁ…もう帰るぞ。拠点中探し回ったんだからな」
「そんなに探してくれたの?愛されてるわね私」
「帰ったら説教だからな」
女性の腕を掴み立ち上がらせ、中也は出口へと歩を進める。
「中也」
「んだよ」
「やっと奥方にしたのだから手綱は持っておいてよ」
「手前に云われるまでもねえよ」
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「んで、云い訳は何だ」
「聞いてくれるの?」
「良いから云え」
車中にて運転しながら妻に尋問する中也。
「貴方が最近太宰の名前を出すから久々に見たくなったのよ」
「…んだよ其れ」
「二年地下に潜って漸く陽の目を見た彼はどんな生活をしているのかなって」
「あら、ヤキモチ?」
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「悪いかよ」
「寧ろ嬉しいわ」
妻は運転席の中也の肩に凭れ掛かる。
「先月位から仕事が忙しいって全然相手をしてくれないんだもの」
中也はハッとした。
仕事上世話をされる事はあれど、プライベートで二人の時間を持つ事が最近出来ていなかった事に気が付いたのだ。
「寂しかったのよ?」
*****
「…悪かったな」
「今日迎えに来てくれたから許してあげる」
信号に掴まり車が停車した瞬間、中也が横を向いて唇を重ねる。
「明後日、久々にオフだ」
「本当?」
「嗚呼、構えなかった分手前の我儘に付き合ってやるよ」
「だからもう太宰の処には行くなよ」
「うふふ、愛してるわ中也」
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