短編

部下から彼奴が見当たらないと云われ部屋を覗くと真逆の爆睡。
「おい、起きろ」
起こそうと肩を揺さぶるが一向に起きず、仰向けに転がっただけ。
だが
「ん…ちゅ、や…」
其の体勢と寝言は逆に俺の理性を揺さぶられた。

ごくりと鳴る喉も寝台の軋む音も手前には聞こえて無いようだが。


*****


驚愕、と云う文字がこれ程似合う場面は無いんじゃなかろうかと思う。
「芥川、それは…」
「偶々見つけただけです、どうぞ」
其れは以前私が街で見掛けた小さな雑貨で。
「如何して」
「だから偶々です…不満ですか」

真っ赤な顔で云われてしまえば
「ふふ、有難う」
受け取るしかない。


*****


「何で泣いてんだよ」
「中也には関係ないわ」
隣で踞って泣いている彼女に掛ける言葉が見つからず頭を抱える。
「服で拭くな、此れ貸してやるから」
差し出すハンカチを受け取る際に上げた顔から零れる涙が光に反射して、俺は無意識にそれを拭った。

美味そうに見えたなんて、末期だな。


*****


「あの…庭にこんな物が」
おずおずと樋口が差し出して来たのは植木鉢。
「何此れ」
「海老の尻尾…ですかね」
観察する私達の背後から声が掛かる。
「如何したんです」
「芥川、此れ誰がやったか知らない?」
「其れは、太宰さんに聞いて僕が育てている海老です」

うちの子に変なこと教えないで。


*****


「ねぇ中也…いい加減私の気持ちに気付いて…」
「て、手前…」
露出の高い薄着の彼女が艶めかしく寄って来る。
「女の子に言わせないで…」
後ろは壁。
服から透ける真っ白な肌に魅了され、桜色の唇を震わせる彼女に我慢出来ず、俺は

其処で目が覚めた。
「今の夢だってのかよ、畜生…」


*****


ふわり、と良い匂いがして振り向くと任務帰りの中也の姿。
「色任務お疲れ様」
「チッ、香水の臭いが取れやしねぇ」
「良い香りだと思うけど?」
「俺は嫌いなんだよ」
お気に入りの帽子を放り投げ、私を掻き抱く力は強くて。

「俺が好きなのは此の匂いだ」


*****


「不思議の国のアリスって世界初の夢オチよね」
「世界観ぶっ壊す様な事云うんじゃねえよ」
エリス嬢の部屋の片付けをしていたら懐かしい絵本が出てきた。
「白ウサギって中也っぽいわね」
「俺は帽子屋だろうが」
「白ウサギよ。小さくて見失いそうな処とか」

「表出ろコラぁ!!」


*****


雨に降られて拠点に戻り、濡れ鼠状態で寒さに震えていると
「着とけ」
と中也が外套を貸してくれた。
「全く手前は無防備なんだよ…服が透けてんのも気付かねぇとは…」
「ねぇ中也見てみて」
「人の話聞けよ!」
「肩幅は流石に大きいけど、丈は佳い感じじゃない?」

「やっぱ返せ!!」


*****


「彼奴には二度と貸さねぇ!!」
「と云いつつ世話は焼くんじゃろ?素直じゃないのう」
「なっ、んな訳無いじゃないですか姐さん!」
「中也ぁ~毛布無い?毛布」
「あ?其処に出してやってるだろうが」
「流石中也、気が利くわね!」
「ほらな」
云われて気付く。

「くっ…」
「素直になりんしゃい」


*****


「話が在る」
今度こそ告白しようと彼奴を呼ぶと顔を真っ赤にして固まっている。
まさか、俺の行動に気付いているのか?
「中也、あの、その…」
「お、俺は手前が…」
「ご、ご免なさい!」
「…は?」
「冷蔵庫の猪口冷糖食べたのは私です!ちゃんと購い直すから御慈悲を…!」

「…マジかよ」


*****


何時もなら追いかけ回す俺が微動だにしないのを不思議に思ったのか顔を上げる彼奴。
「中也?」
「…もう佳い」
気が抜けて適当な返事をすると何を思ったか俺にしがみ付いて
「やだやだ!中也、嫌いにならないで…」
項垂れる彼奴に心臓をぶち抜かれた。

「猪口冷糖、購いに行くぞ…」


*****


バチン、と云う音と共に真っ暗になる部屋。
「停電か!?」
「何も見えません!」
慌てふためくアジトで何かに掴まれた。
「え!何!?」
「其処に居るのですか…!」
「芥川!?此れ真逆…」
「辿って行くので動かないで下さい」
「貴方そんなに暗いの怖かったの!?」

黒獣に食われる処だった。


*****


バチン、と云う音と共に真っ暗になる部屋。
「停電か!?」
「何も見えません!」
慌てふためくアジトで肩を掴まれた。
「手前だな!?」
「中也!」
怖いので腕にしがみつく。
「チッ、配線でも切れたか」
「如何かしら…」
「それより手前…当たってんぞ」
「っ!変態!!」

殴った瞬間復旧した。


*****


「日付、変わっちゃったわね」
時計を見ながらポツリと呟く。
今日は早く帰れると云って居た中也はまだ帰って来ない。
「もう朝にしようかしら…」
談話室から自分の部屋に戻ろうと扉に手を掛けた瞬間、扉が勝手に開いて抱き締められた。
「まだ起きてたな」

「お帰り中也、誕生日おめでとう」


*****


今日は早く帰るつもりだったのに気付けば日付が変わっていた。
早歩きする足音が廊下に響く。
彼奴はもう寝ちまっただろうかと期待せずに談話室の扉を開けると
其処には会いたかった彼奴の姿があって思わず抱き締めちまった。

「お帰り中也、誕生日おめでとう」
其の言葉で心が満たされる。


*****


「寝ちまったな」
「そうね」
遊び疲れて眠る娘を抱き抱える。
「ミニ○ンずっと張り付いてたわね」
「相当嵌まったみてえだな」
「ミ○オン欲しいって云うかしら」
本物の、と付け加えられるが本物が何処に居るかなんて俺は知らねえ。
「金ならある。探させるか」

「中也のそう云う処尊敬するわ」


*****


「車の上移動して犯人捕まえたり電車と正面から鉢合わせて車で飛んだり…凄かったわね!」
映画を観終えた彼女は満足そうに笑っているが、その目が画面内の男に向けられている事に無性に腹が立った。
「俺だって其の位出来る」
「中也に彼処まで華麗に出来るかしら?」

「喧嘩打ってんのか」


*****


「おい行くぞ」
「何処に?」
「俺にも華麗にやって欲しいんだろ」
先日映画館で話した内容を如何やら根に持っているらしい。
「中也…あれは」
「シートベルトはしとけよ」
「あの、中也…」
「ちなみに俺の恋人は日本じゃねぇ。手前だ」

「俺だけ見てろよ」
「…はい、しっかり見てます」


*****


「中也知ってる?今日は恋人の日だったんですって」
「あ?何で過去形なんだよ」
「日付変わってるもの」
チラと時計を見れば短い針が12を超えている。
「何でもっと早く云わねえんだ」
「だって夫婦でしょう?」
「んなの関係ねえ」
そう云うと中也はどこかに電話した。

「明日はデヱトだ。覚悟しとけ」


*****
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