壱頁完結物


俺は今凄く不機嫌だ。
何故なら
「ねぇ、品が無さそうに見えるからポケットから手を出したらどう?」
目の前にいる女がそんな事を云ってきたからだ。
「手前にゃ関係ねぇだろうが」
「関係あるわ!隣を歩いている私の品位まで疑われちゃうもの」
「じゃあ隣来なきゃ良いだろ」
「ああ云えばこう云うんだから」


*****


「ほら、手を出して」
「…んだよ」
片手だけポケットから出し見せてやると何の躊躇も無く両手で掴まれた。
「なっ…!?」
「矢張り綺麗な手をしてるじゃない。しなやかなのに骨張ってて」
手を掴まれ其れを褒められると云う理解し難い状況に顔が熱くなる。
「お、おい離せ!」
「両手出してくれたらね」


*****


「出しゃ良いんだろ出しゃ!」
此の状況を脱する為に反対の手もポケットから勢い良く出すと、其彼は満足そうにニコリと笑った。
「とっても素敵よ!それに此の方が背が大きく見えるわ」
「余計なお世話だ!」
怒る俺などお構い無く、其彼はあろうことか俺の手に頬擦りを始めた。
「好きよ」
「…は?」


*****


「見た目に反して大きくて男らしい此の手」
「…一々一言多いんだよ手前は!」
暴れる俺の手はすんなり其彼の手から離れた。
「ったく、俺はもう行くからな」
「ふふ、気を付けてね」
笑顔で手を振る其彼にまた顔が赤くなるのを自覚した俺はサッサと背を向け歩き出し、手はまたポケットに突っ込んだ。


*****


そんな出来事を忘れかけていたとある日の事。
「何時もお仕事頑張ってるからご褒美ですって!」
其彼は包装された箱を持って俺の前に居た。
「誰からだよ」
「うーん、姐さん…だったかしら」
「何で断言出来ねぇんだよ」
「まあまあ、開けてみて」
圧に負け其の場で封を開けると
「…手袋、か?」


*****


「まあ、素敵な手袋ね!」
其彼の方がはしゃぐのを不思議に思いつつ装着してみると、驚く程自分の手にしっくり来ていた。
手を握ってもまるで何も着けていないかの様な感覚だ。
「スゲェ…」
「気に入った?」
「おう。姐さんに礼云わねえとな」
「そうね。ちゃんと云うのよ?」
「子供扱いすんな!」


*****


其の後姐さんに会った際、手袋の礼を云った。
「はて、私は手袋なぞ贈っておらぬが…さては彼奴、私を使いよったな」
呆れ顔の姐さんに話を聞くと、如何やら此の手袋は彼奴が俺にと用意した物だという。
「何時もポッケに手を突っ込んで、綺麗な手が勿体無いと云っておったな」
聞き覚えのある理由。


*****


「ちょいと見せてくれるかの」
「勿論です」
手袋を脱いで渡すと姐さんは隅々まで観察し始めた。
手袋を返す顔は何やら意味深に笑っている。
「彼奴が男性に贈呈品など昔は考えられんかったのに、余程お主の事が気に入っておるのじゃな」
「何故そう云い切れるんです」
「此れが特注品だからじゃ」


*****


「道理でしっくり来る筈だぜ…」
「後は素直に渡せれば完璧だったんじゃが」
姐さんは袖で口を隠し上品に笑い声を上げる。
「お主も彼奴も、まだまだ青いのう」
全てを見透かされている様で気恥ずかしくなり、俺は慌てて部屋を飛び出した。
次彼奴に会ったら礼に飯でも誘ってやろうと考え乍ら。



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