誕生日の攻防戦
———明日死ぬとしたら、最後に何が食べたい。
「我ながらムードも何もねえ聞き方だったな…」
非合法組織、ポートマフィアの幹部と云う肩書きを背負い夜の街に生きる中也は、何故か真昼間からスーパーへ買い物に出向いていた。
入口で籠だけを持ちポケットに入れていた紙切れを開きながら店内へと足を踏み入れる。
脳内では先日の部下との会話が再生されていた。
「何ですか急に、縁起悪くないですか…?」
「俺達はマフィアだ、何時死んでも可笑しくねえ。なら死んだ時に供える物位聞いても良いだろ」
「え!?死ぬ前に食べたい物って云いましたよね!?お供えなんて嘘ですよね!?」
先ずは野菜コーナーにやって来た。
色とりどりの野菜と紙切れを交互に見ながら目的の物を手に取る。
其れを籠に入れると、次に肉コーナーに向かった。
「煩ぇ、早く云いやがれ」
「理不尽な上司を持つと部下は苦労しますね…」
「頭カチ割られてぇのか?」
鶏肉を凝視する中也。
トレイを持っては元に戻し、彼是見比べている様だ。
五分程迷った挙句に一パックを選び籠に入れ、また歩き出した。
「死ぬ前に食べたい物か…」
「食べてみてぇ物でも良いし、好物ってのも有りだな」
粉物コーナーで薄力粉を手に取ると一直線に乳製品のコーナーに行き、牛乳と生クリームを手に取る。
「こんなもんか…、っと一番大事なやつを忘れてたぜ」
レジへ向かおうとしていた中也は踵を返して再度乳製品のコーナーに戻ると、チーズを手に取った。
「私、チーズがトロットロになったじゃが芋ホクホクのグラタンが食べたいです!」
「死ぬ前に火傷してぇのか、変わった奴だな」
「あのトロットロ具合を知りませんね?最高に美味しいんですから!」
「へいへい」
「聞いといて全然興味無さそう!酷いですよ中也さん!」
レジでの会計中に端末でレシピを開く。
プロらしき人が書いたレシピもあれば主婦らしい家庭料理のレシピが検索結果にズラリと並んでいる。
「表面は少し焼き色がついてカリカリしてるんですけど、スプーンを入れた瞬間にふわっふわでとろっとろなんですよ!」
「手前の説明は擬音だらけで判ったもんじゃねぇな」
「先刻から何ですか!真面目に聞いて下さいよ!そしてお供えしてくださいよ!!」
「死ぬ前に食わなくて良いのか?」
「はっ!そうでした!!」
慌てて訂正しようとして何を云っているのか判らない位に噛んだ彼女を思い出し、商品を袋に入れ乍ら控え目に笑う。
ガサガサと大きな音を立てる袋を担ぎ、中也は自動ドアを潜り抜けて昼の世界へと進んだ。
ふと目の前にあった店に目が行き、序でだと自分に云い聞かせ店の扉をゆっくりと開いた。
「私、明日死ぬんですか?」
「何でだよ」
「だって…グラタン」
自分の部屋へとのこのこやって来た彼女は、目の前の料理を見て目を輝かせ乍ら顔を青冷めさせた。
彼女も先日のやり取りを憶えていたのだろう。
「ちゃんと報告書も出したし、任務でやらかしても無いし…」
「手前、今日が何の日か忘れたのかよ」
「今日…?」
はて、と首を傾げる彼女に何だか力が抜けて溜め息を吐く。
頭を掻き乍ら向かいの椅子へと腰掛け、頬杖をつくと彼女を見て一言。
「誕生日、おめでとう」
「た、誕生日…本当だ!私今日誕生日!!」
「完全に忘れてたのかよ…ったくバレねぇか冷や冷やして損したぜ」
「御免なさい…」
ヘラリと笑う彼女の頭を優しく撫でると判り易く嬉しそうな顔をした。
もっともっとと頭を擦り付けて来るものだから何時まで経っても撫でる手を止める事が出来ない。
「早く食えよ。冷めるぞ」
「は、はい!頂きます!!」
スプーンを持ってゆっくりとチーズに差し入れると、パリパリと云う音がしてチーズに亀裂が入る。
其の儘途中まで進めると其の儘底まで沈みそうな程トロトロとしたベシャメルソースに彼女が感嘆の声を上げた。
「凄いです!此れ本当に中也さんが作ったんですか!?」
「他に作る奴いねえだろうが」
「そうですけど…中也さんお料理上手だったんですね!」
「普段はなかなかしねぇが、やろうと思えば出来る」
「本当に凄いです!有難う御座います!!」
礼を云いつつグラタンは瞬く間に彼女の胃を占領し、容器が空になる頃には満足そうな溜め息を吐いて締まりの無い顔を晒していた。
「もう無理、今からでも死ねそう…」
「太宰みてぇな事云うんじゃねえよ」
「そうですけど、お腹一杯です」
膨らんだ腹を摩る彼女に背を向け、中也は冷蔵庫から箱の様な物を取り出した。
其の箱に見覚えのある彼女は慌てて姿勢を正す。
「其れは…」
「帰る途中で見つけたんだが、もう入らねえなら俺が食うか」
「だ、駄目です!甘い物は別腹です!!」
「折角買って来てやったのにな。残念だ」
「人の話聞いて下さいよ!」
「ティラミスが絶品らしいって聞いてな。食うのが楽しみだぜ」
「中也さん!それ、私のお誕生日ケーキ!!」
再度冷蔵庫へと匿われたケーキを巡り、二人の攻防戦は暫し続いたのだった。
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