指輪と営業妨害
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「ふぅん、結構な広範囲だね」
「ええ、長い時間追いかけ回されていたそうです…」
乱歩と検察の女性は肩を並べて現場を見て回った。
何時もは翡翠以外の女性を隣に置かない乱歩の現状に他の検察や警察が目を丸くするが、当の本人はそんな外野にはお構いなしと云った様子で朽ち果てた倉庫の中を覗いている。
「何かありましたか?」
「否、何も」
「現場は此れで以上ですが他に見たい物は御座いますか?」
貼り付いた様な笑みを浮かべる女性に眉を顰める。
彼女は犯人ではない事は判って居るが、其れ以外で何か引っ掛かる事があるらしい。
「無いよ。早く翡翠の処に帰ろう、何か見つけてるかもしれないし」
「そうですね」
女性はまた乱歩と肩を並べ、証拠を見ているであろう妹の元へと歩を進める。
「ねえ」
「何でしょう」
「そんなに近付かれると歩きにくいんだけど」
「あ、御免なさい」
笑顔で一歩離れる女性に、乱歩も反対側に一歩離れる。
其の儘速足でその場を後にし、妹を見つけた乱歩は大手を振って呼び掛けようとした。
しかし其の腕は女性に掴まれ、奇しくも妹に届く事は無くなった。
「……何の心算?」
「もう少しだけ名探偵とお話がしたくて」
「今業務中でしょ、寝ぼけてるの?」
「寝ぼけてなんていませんわ」
「サッサと仕事を終わらせて帰りたいんだ。君と話す事はもう無いし」
「私にはあるんです」
腕を引っ張られバランスを崩しかけた乱歩は女性に触れないよう必死に踏ん張り、迷惑そうに顔を歪めても女性は動じない。
腕を振り払おうにも相手の握力が強いのか全く振り払えず、乱歩は引き摺られる様にして先刻覗いていた廃倉庫へと連れて行かれた。
「…で、話って?」
「名探偵なら何となく察しはついているのでは?」
「そうやって勿体ぶってる時間も惜しいんだ。早く済ませてよ」
「女心の判らない人ですね」
「そう云うなら告白なんて止めておけば?」
溜め息交じりに吐き捨てた言葉に漸く女性の顔が歪んだ。
此れを好機とばかりに乱歩が畳みかける。
「あのねえ、警察関係者なら僕の噂位知ってるでしょ?僕は女性に興味が無いの。妹を育てるので精一杯なんだ」
「其れでも諦め切れないのが恋と云う物ですよ」
「恋に恋して自分に酔ってる君に云われたくないね」
更に顔を顰める女性に背を向け、廃倉庫から出ようとする乱歩の耳に聞き慣れた声が聞こえて来た。
「お兄ちゃーん!…何処行ったのかな、そろそろ帰って来ても良い筈なのに」
「翡翠の声だ」
乱歩は走り寄ろうと一歩を踏み出す。
が、同時に後ろに引っ張られ背中から落ちそうになり、体勢を直そうと体を捻ったのがいけなかった。
「お兄ちゃ…っ!!」
「…嵌められた」
翡翠が廃倉庫の入り口に辿り着いた時には、乱歩は女性に覆い被さる形で倒れていた。
急いで女性を振り払って立ち上がり妹へと駆け寄る。
「翡翠、違うんだ。此れは…」
「………」
翡翠の眼には涙が溜まっていた。
今し方の光景が未だに信じられないのか、複雑な表情で乱歩を見つめている。
「翡翠…判ってくれるよね?」
乱歩の心拍数が上がり、翡翠に伸ばす手が震える。
其の手が触れる直前、翡翠の後ろから更に声がした。
「探偵屋、今回はやけに時間が掛かって…如何したんだ?」
今日は厄日だ、と乱歩は思った。
此れで彼女や妹が真実と違う証言をしてしまえば自分は立場を失う処か目の前の愛しい女性すら失ってしまう。
そんなの、絶対に嫌だ。
「一寸妹を驚かせたら予想以上に驚いちゃったんだ。何でもないよ」
「お前さん…一応此処が殺人現場だって自覚して行動してくれ」
「うん、気を付けるよ」
未だに涙が止まらない翡翠を引き寄せ、後ろに立つ女性など一瞥もせずに乱歩は歩き出した。
ポケットからハンカチを取り出して彼女に渡し、ゆっくりと肩を摩って落ち着かせる。
「証拠品の処に戻ったら超推理を使うよ。…翡翠、お前の集めた情報を教えてくれる?」
「……ん」
「有難う」
自分を振り払ったり逃げたりする事なく、静かに頷いてくれた事に心から安堵した。
嗚咽交じりに証拠品の事を話す妹に耳を傾け、乱歩は懐から眼鏡を取り出した。
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