まだ見ぬ君へ恋文を


「あれ、花が変わってる」



リハビリを終えて病室に戻ってきた俺は、サイドテーブルに置いてある花が変わっている事にすぐ気が付いた。
数日に一回誰かしらが花を持って来ては換えてくれるのだが、それは必ず俺が部屋にいる時に行われていたから、今回の様に部屋を空けた隙に花が変わっているという事は初めての事だった。
不思議に思い車椅子を慎重に動かしながら花瓶へと近付く。



「濃紫色のトルコキキョウ…」



珍しい。
この花は白やピンクといった淡い色が多いから、ここまで濃い色は初めて見た。
ふと、花瓶の下に紙が挟まっているのを見つけ手に取る。



「花言葉は『希望』です…?」



紙にはただそれだけが書いてあった。
差出人は書かれていないが、少し丸まった文字はきっと女性の物だろう。
しかし母や妹の字ではない。
学校の人だろうか、看護師さんだろうか。
答えの出ない疑問に目が回り、俺はベッドへと体を放り投げた。



「『希望』か…」



無機質なほど白い天井を見上げながら先程の文字を読み返す。

成功率が低いと言われていた手術は無事成功し、現在は全国大会までの復帰を目指し日々リハビリに励んでいる。
今年で中学最後の全国、部長の俺が抜ける訳にもいかない。

頭では分かっているのだが、やはり体が追い付かない時には不安に駆られる事も少なくない。
ストレスから真田や蓮二に当たってしまった事も何度もあった。
それでも励まし続けてくれる彼等には本当に感謝しているし、恩も返したい。



「そうだな、しっかりしなくちゃ」



差出人の無い差し入れは不気味な筈なのに、なぜか今回はあまり気にならなかった。


それから、メッセージカード付きの花が数日に一回届くようになった。
毎回カードには『夢』『勇気』『期待』『希望』といった応援とも取れる花言葉が添えられ、俺はその言葉に少しだけ元気を貰っていた。

ある日、ふと返事を書いてみようと思い立った。



「紙が無いな…」



学校用のノートしか持っていない俺は最後のページを開き破るかどうか悩んでいた。
相手は毎回ちゃんとしたカードを置いて行ってくれるのに、俺だけノートの切れ端というのもどうなんだと躊躇してしまう。

そして悩んだ結果、貰ったカードの裏に書く事にした。



———君は誰。

———なんで俺に花を贈ってくれるの。

———君が良ければ、一度会って話がしたい。



「なんか、ラブレターみたいだな」



気恥ずかしくなって書き直そうかと悩んだが、このままにしておいた。
彼女は一体どんな人なのだろう。
もしかしたらテニス部の悪戯かもしれない。
でも、それでも。



「君に会ってみたいんだ」



カードに独り言を呟きながら、俺は淡い期待を胸に病室を出た。



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