壱頁完結物
頭の痛みで目を覚ます。
確か探偵社が襲撃を受けて、私は事務室に避難していて…
「誰かに殴られて…」
声は出る。
椅子に座らされ縛られているのは感覚で解る。
ぼやけた視界が段々鮮明になるにつれ、私は目を覚ました事を後悔した。
部屋は余す処無く人物の写真で埋められていたのだ。
*****
写真の情報が可視化される。
其れは何れも血生臭い経歴ばかりで胃の中が逆流し、喉が焼け付く感覚と同時に吐き出した。
「此処は、軍警の取調室…」
見覚えのある間取に場所を特定したがだからと云って打開策は見付からない。
「お兄ちゃん助けて…」
名探偵なら見付けてくれると声を絞り出す
*****
同時刻、探偵社は騒然として居た。
敦がマフィアに拐われた時は我関せずだった乱歩も自分の妹となると話は違う。
「あの子に若しもの事が遭ったら…」
「乱歩さん落ち着いて下さい」
「必ず見つかりますわ!」
「其の為に推理して下さい乱歩さん!」
「僕はあの時と何も変わってない…」
*****
頭を抱える手の震えから乱歩の動揺が伝わり更に焦る探偵社の前に福沢が現れた。
「乱歩」
「社長如何しよう…あの子が、妹が…」
今にも泣きそうな乱歩の頭に、ポフリと福沢の手が乗った。
「私が必ず助ける。だからと乱歩、手伝ってくれ」
着流しを着た大人の心強さに、乱歩は眼鏡を取った。
*****
目を閉じるのも何が起こるか解らなくて怖い。
でも目を開けるのも怖い。
床、壁、天井全てに写真が貼られた此の部屋で私の精神が何れだけ保てるのかも解らない。
ふと視界に入った一枚の写真に見覚えを感じた。
「中原中也…」
以前荷物運びを手伝ってくれたマフィア幹部の名前。
*****
荷物運びを手伝った事は二人の内緒な、と笑いながら去って行った彼を思い出す。
しかし彼もマフィア幹部。
経歴は凄まじい物だった。
だが彼の情報を見ても気分が悪くならない。
「何で?」
写真の中で誰かに電話を掛ける彼に問い掛けた其の時。
取調室の扉がゆっくりと開いた。
*****
「首領の命令とは云え、わざわざ軍警に出向くのは面倒臭ぇな」
溜め息を吐きながら軍警本部の廊下を歩く中也。
軍警がマフィアの情報を情報屋から聞き出そうとしているらしいと云うので調査に来たのだ。
「俺達の情報を引き出そう何ざ百年早ぇ」
「情報屋諸とも始末するしかねぇか」
*****
森鴎外、中原中也、芥川龍之介。
三人の写真が机に並べられる。
「コイツらの情報を吐け」
軍警の制服を着たガタイの良い男が三人、私を囲んでいる。
「軍警には…ちゃんと社に手続きを踏まないと、情報を開示しない事に成っています」
すると三人は何故かゲラゲラと笑い出した。
*****
「此れは仕事じゃねぇ、個人的に調べて欲しいだけだ」
「…尚更開示出来ません。貴方達には個人的でも私は仕事ですから」
相応の対価が必要です、と云い終わらない内に机がガンッ!と音を立てて位置が歪んだ。
男が足で蹴った様だ。
「佳いからサッサと情報を吐けゴルァ!!」
*****
カッターナイフの音が耳元で鳴る。
其の刃先は服の胸元に引っ掛かった。
「マフィアを掴まえれば懸賞金がガッポリ貰える。そしたら貴様にも多少の報酬は払ってやろう」
「…マフィアより質が悪い」
ボソリと口にした其れは地獄耳に拾われた様だ。
胸元の刃物が服を切り裂く音がした。
*****
驚きと羞恥で金切り声を上げる私に気を佳くしたのか男達は攻め立てて来る。
「ホラホラ、吐かないと貴様が不利に成るんだぞ」
「……やだ」
「往生際が悪いな」
視線の先には三枚の写真。
中央に在る中原さんの写真を見ながら奥歯をしっかりと噛み合わせる。
絶対に喋らない。
「吐け!!」
*****
そう叫んだ男が大きな音と共に急に消える。
部屋を見渡すと鉄の板の下敷きに成って居た。
「一番奥かよ、ったく」
聞き覚えの在る声に顔を上げると、其処には帽子を被った小柄な男性。
「俺達の事をコソコソと嗅ぎ回ってるらしいな。悪いが消えて貰うぜ」
其の瞳は私の知っている彼ではなく。
*****
「た、助けて…」
搾り切った檸檬を更に搾る位酷く小さな声だった。
自分でも聞こえたか如何かの声を
「手前、探偵社の…」
彼は拾ってくれた。
荷物と云い声と云い、彼は拾い物が上手なのだろうか。
そして此の部屋の仕組みまで理解してくれた。
「計画変更だ。情報屋以外を消す」
*****
気付けば私は中原さんに抱えられて本部の廊下を歩いていた。
其の後ろでは取調室の写真が部屋ごと燃えている。
「あの、外套…」
「着てろ。女が肌出すんじゃねぇ」
「…有難う御座います。一度ならず二度までも」
お礼を云う私に中原さんは微笑んだ。
「手前の事は何となく信じてんだよ」
*****
彼の云う意味が解らず首を傾げるが其れ以上は何も喋らなかった。
私を包む外套は以前太宰さんに特定された香水の匂いが確かにする。
本当は相対する組織に居る人間なのに、私も此の人は大丈夫だろうと云う信用が何故か彼にはあった。
香水の薫りが優しく感じるのも其のせいかもしれない。
*****
ふと中原さんが足を止めた。
不思議に思って前を向くと、其処には先生が立っていた。
「中原中也…」
「よぉ、探し物はこいつか探偵社」
不穏な空気が漂うこの空間で、気付けば声を上げていた。
「先生、中原さんは私を助けてくれただけなんです!」
「私を拐ったのは軍警です。信じて下さい!」
*****
先生は暫く私達を凝視していたけれど、刀に添えていた手を下ろしてくれたので私は胸を撫で下ろす。
「…乱歩に必要だからと渡された。其れの替わりに此方を着ろ」
先生から受け取ったのは見慣れた兄の外套。
「有難う先生」
其の様子を中原さんは微笑みながら見守ってくれて居た。
*****
「うちの者が世話になった」
「本当に有難う御座いました」
「んな畏まる様な仲でもねぇだろ探偵社」
外套を返し改めてお礼を云うと中原さんに笑われてしまった。
「でも流石にお礼はしないと…」
「佳いんだよ」
「俺は知人が危ない目に遭ってたから助けた、只其れだけだ」
*****
そう云われても私の気が済まず燻っていると徐に中原さんが帽子を脱いだ。
「んじゃ折角だし遠慮なく貰うか」
其の言葉と共に近寄って来た中原さんは、私の顎に手を掛ける。
「な、中原さっ…」
驚く私の額に柔らかい感触が降ってきて。
「ごっそさん、じゃあな」
其の言葉と共に彼は消えた。
*****
「嗚呼佳かった!無事だったね!」
駐車場に着くと兄が飛び付いて来た。
「全く、心配したんだからね!」
「御免なさい…」
「乱歩さん、無事戻って来たんだし其の位に…」
運転席から仲裁に入ってくれた国木田さんも少し困った顔をしていた。
「私はあの時と何も変わってないなぁ…」
*****
「さぁ帰ろう。今日は駄菓子食べて無いからお腹空いたよ」
「其れは大変。早く帰らなきゃ」
車に乗り込む私を先に乗った兄が力任せに引っ張る。
「わっ、一寸お兄ちゃん危なっ…」
バランスを崩して倒れ込んだ瞬間、額にまた柔らかい物が当たった気がした。
上を向けばしたり顔の兄が居る。
*****
「何時も云ってるでしょ、男は狼なんだから気を付けなきゃ」
「えっ」
「お前は僕の妹なんだから、僕以外にこう云う事されないように」
ぎゅうと抱き締めて来る兄に此れも推理だろうかと混乱する。
「でもまあ、今回は許してあげようかな」
笑う兄が貸してくれた外套は微かに彼の薫りがした。
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確か探偵社が襲撃を受けて、私は事務室に避難していて…
「誰かに殴られて…」
声は出る。
椅子に座らされ縛られているのは感覚で解る。
ぼやけた視界が段々鮮明になるにつれ、私は目を覚ました事を後悔した。
部屋は余す処無く人物の写真で埋められていたのだ。
*****
写真の情報が可視化される。
其れは何れも血生臭い経歴ばかりで胃の中が逆流し、喉が焼け付く感覚と同時に吐き出した。
「此処は、軍警の取調室…」
見覚えのある間取に場所を特定したがだからと云って打開策は見付からない。
「お兄ちゃん助けて…」
名探偵なら見付けてくれると声を絞り出す
*****
同時刻、探偵社は騒然として居た。
敦がマフィアに拐われた時は我関せずだった乱歩も自分の妹となると話は違う。
「あの子に若しもの事が遭ったら…」
「乱歩さん落ち着いて下さい」
「必ず見つかりますわ!」
「其の為に推理して下さい乱歩さん!」
「僕はあの時と何も変わってない…」
*****
頭を抱える手の震えから乱歩の動揺が伝わり更に焦る探偵社の前に福沢が現れた。
「乱歩」
「社長如何しよう…あの子が、妹が…」
今にも泣きそうな乱歩の頭に、ポフリと福沢の手が乗った。
「私が必ず助ける。だからと乱歩、手伝ってくれ」
着流しを着た大人の心強さに、乱歩は眼鏡を取った。
*****
目を閉じるのも何が起こるか解らなくて怖い。
でも目を開けるのも怖い。
床、壁、天井全てに写真が貼られた此の部屋で私の精神が何れだけ保てるのかも解らない。
ふと視界に入った一枚の写真に見覚えを感じた。
「中原中也…」
以前荷物運びを手伝ってくれたマフィア幹部の名前。
*****
荷物運びを手伝った事は二人の内緒な、と笑いながら去って行った彼を思い出す。
しかし彼もマフィア幹部。
経歴は凄まじい物だった。
だが彼の情報を見ても気分が悪くならない。
「何で?」
写真の中で誰かに電話を掛ける彼に問い掛けた其の時。
取調室の扉がゆっくりと開いた。
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「首領の命令とは云え、わざわざ軍警に出向くのは面倒臭ぇな」
溜め息を吐きながら軍警本部の廊下を歩く中也。
軍警がマフィアの情報を情報屋から聞き出そうとしているらしいと云うので調査に来たのだ。
「俺達の情報を引き出そう何ざ百年早ぇ」
「情報屋諸とも始末するしかねぇか」
*****
森鴎外、中原中也、芥川龍之介。
三人の写真が机に並べられる。
「コイツらの情報を吐け」
軍警の制服を着たガタイの良い男が三人、私を囲んでいる。
「軍警には…ちゃんと社に手続きを踏まないと、情報を開示しない事に成っています」
すると三人は何故かゲラゲラと笑い出した。
*****
「此れは仕事じゃねぇ、個人的に調べて欲しいだけだ」
「…尚更開示出来ません。貴方達には個人的でも私は仕事ですから」
相応の対価が必要です、と云い終わらない内に机がガンッ!と音を立てて位置が歪んだ。
男が足で蹴った様だ。
「佳いからサッサと情報を吐けゴルァ!!」
*****
カッターナイフの音が耳元で鳴る。
其の刃先は服の胸元に引っ掛かった。
「マフィアを掴まえれば懸賞金がガッポリ貰える。そしたら貴様にも多少の報酬は払ってやろう」
「…マフィアより質が悪い」
ボソリと口にした其れは地獄耳に拾われた様だ。
胸元の刃物が服を切り裂く音がした。
*****
驚きと羞恥で金切り声を上げる私に気を佳くしたのか男達は攻め立てて来る。
「ホラホラ、吐かないと貴様が不利に成るんだぞ」
「……やだ」
「往生際が悪いな」
視線の先には三枚の写真。
中央に在る中原さんの写真を見ながら奥歯をしっかりと噛み合わせる。
絶対に喋らない。
「吐け!!」
*****
そう叫んだ男が大きな音と共に急に消える。
部屋を見渡すと鉄の板の下敷きに成って居た。
「一番奥かよ、ったく」
聞き覚えの在る声に顔を上げると、其処には帽子を被った小柄な男性。
「俺達の事をコソコソと嗅ぎ回ってるらしいな。悪いが消えて貰うぜ」
其の瞳は私の知っている彼ではなく。
*****
「た、助けて…」
搾り切った檸檬を更に搾る位酷く小さな声だった。
自分でも聞こえたか如何かの声を
「手前、探偵社の…」
彼は拾ってくれた。
荷物と云い声と云い、彼は拾い物が上手なのだろうか。
そして此の部屋の仕組みまで理解してくれた。
「計画変更だ。情報屋以外を消す」
*****
気付けば私は中原さんに抱えられて本部の廊下を歩いていた。
其の後ろでは取調室の写真が部屋ごと燃えている。
「あの、外套…」
「着てろ。女が肌出すんじゃねぇ」
「…有難う御座います。一度ならず二度までも」
お礼を云う私に中原さんは微笑んだ。
「手前の事は何となく信じてんだよ」
*****
彼の云う意味が解らず首を傾げるが其れ以上は何も喋らなかった。
私を包む外套は以前太宰さんに特定された香水の匂いが確かにする。
本当は相対する組織に居る人間なのに、私も此の人は大丈夫だろうと云う信用が何故か彼にはあった。
香水の薫りが優しく感じるのも其のせいかもしれない。
*****
ふと中原さんが足を止めた。
不思議に思って前を向くと、其処には先生が立っていた。
「中原中也…」
「よぉ、探し物はこいつか探偵社」
不穏な空気が漂うこの空間で、気付けば声を上げていた。
「先生、中原さんは私を助けてくれただけなんです!」
「私を拐ったのは軍警です。信じて下さい!」
*****
先生は暫く私達を凝視していたけれど、刀に添えていた手を下ろしてくれたので私は胸を撫で下ろす。
「…乱歩に必要だからと渡された。其れの替わりに此方を着ろ」
先生から受け取ったのは見慣れた兄の外套。
「有難う先生」
其の様子を中原さんは微笑みながら見守ってくれて居た。
*****
「うちの者が世話になった」
「本当に有難う御座いました」
「んな畏まる様な仲でもねぇだろ探偵社」
外套を返し改めてお礼を云うと中原さんに笑われてしまった。
「でも流石にお礼はしないと…」
「佳いんだよ」
「俺は知人が危ない目に遭ってたから助けた、只其れだけだ」
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そう云われても私の気が済まず燻っていると徐に中原さんが帽子を脱いだ。
「んじゃ折角だし遠慮なく貰うか」
其の言葉と共に近寄って来た中原さんは、私の顎に手を掛ける。
「な、中原さっ…」
驚く私の額に柔らかい感触が降ってきて。
「ごっそさん、じゃあな」
其の言葉と共に彼は消えた。
*****
「嗚呼佳かった!無事だったね!」
駐車場に着くと兄が飛び付いて来た。
「全く、心配したんだからね!」
「御免なさい…」
「乱歩さん、無事戻って来たんだし其の位に…」
運転席から仲裁に入ってくれた国木田さんも少し困った顔をしていた。
「私はあの時と何も変わってないなぁ…」
*****
「さぁ帰ろう。今日は駄菓子食べて無いからお腹空いたよ」
「其れは大変。早く帰らなきゃ」
車に乗り込む私を先に乗った兄が力任せに引っ張る。
「わっ、一寸お兄ちゃん危なっ…」
バランスを崩して倒れ込んだ瞬間、額にまた柔らかい物が当たった気がした。
上を向けばしたり顔の兄が居る。
*****
「何時も云ってるでしょ、男は狼なんだから気を付けなきゃ」
「えっ」
「お前は僕の妹なんだから、僕以外にこう云う事されないように」
ぎゅうと抱き締めて来る兄に此れも推理だろうかと混乱する。
「でもまあ、今回は許してあげようかな」
笑う兄が貸してくれた外套は微かに彼の薫りがした。
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