壱頁完結物


「お兄ちゃん大丈夫?」
「うーん…しんどい…」
此の処忙しかったのと変わりやすい天気に当てられ、乱歩は体調を崩してしまった。
体温計の電子音が部屋に響き、妹は其れを確認する。
「微熱だね、今日はゆっくり休もうね」
「うん…お前も居てくれるでしょ?」

「御免ね、お仕事行かなきゃ」


*****


瞬間、悲痛な顔になる乱歩。
「如何しても今日提出しなきゃいけない書類があって。其れが終わったら帰れるように先生には云って…」
「国木田にやらせれば良いじゃん」
「今は他の仕事で手一杯だから」
「敦は」
「今日は外回りだよ」

「…僕より仕事が大事なんだ」
「違うよ。すぐ帰るから」


*****


「もう良いもん。早く行けば?」
「お兄ちゃん…」
壁側に寝返りを打ち、乱歩は妹に背中を向けた。
「御免ね、早めに帰るからね」
妹は眉を下げ、トボトボと其の場を後にする。
扉に鍵が掛かる音を聞き乍ら、乱歩は再度寝返りを打った。

「…なんで本当に行っちゃうのさ、莫迦」


*****


「そんな訳で、今日は早めに帰ろうと思うの」
「…致し方あるまい」
妹は社長室に居た。
まだ落ち込んでいるのか眉がしょんぼりと下がっている。
「書類は終わりそうか」
「其れが…結構難航してて」
「ふむ…」
困り果てる二人の耳に、軽いノック音が聞こえた。

「谷崎です、失礼します」


*****


「谷崎君」
「やァ、御免ね話し中に」
「ううん、如何したの?」
「あの机に置いてある書類ね、元々僕が調査担当だッたし引き取ろうかと思ッて」
突然の提案に驚く妹。
「え、でも…」
「乱歩さんが大変なンでしょ?早く帰ってあげなよ」
「でも、あの量…」

「ご安心ください!」


*****


「兄様がやるならナオミもお手伝いしますわ!」
「ナオミちゃんまで…」
「家族が苦しんでいる時に傍に居てあげたい気持ちは痛い程判りますもの」
「今君がするべきは乱歩さんを安心させてあげる事だよ」
社長も小さく首を縦に振る。

「…有難う、今度何かあればお手伝いするね」


*****


「只今」
家に帰り乱歩の様子を見に部屋へと向かう妹。
「…寝てる」
規則正しく上下する肩にまた眉が下がる。
「朝は御免ね。谷崎君とナオミちゃんが書類変わってくれたから帰って来たの。お粥作ってくるから一寸待っててね」

音を立てないように扉を閉めると、布団がもぞもぞと動いた。


*****


「お兄ちゃんまだ怒ってるかな…」
粥を煮ながら妹はポツリと呟いた。
「あの書類を政府に提出したらきっとお兄ちゃんの功績も更に上がるし、自分でやりたかったなぁ…」
「なんだ、そんな書類を書いてたの?」

「お兄ちゃん!?」
「お帰り。お粥できた?僕御腹空いたよ」


*****


「まだ寝てなきゃ!」
「もう大丈夫だよ」
「私が心配だから」
「平気だってば」
そう云い乱歩は正面から妹に抱き着いた。
「其れよりお腹空いたよ。何も置いて行ってくれないんだもの」
「あっ…御免ね」
「美味しいお粥で許してあげる」

「それで、僕に関する書類を書きに行ってたの?」


*****


「うん…谷崎君が事前調査してくれたやつがあるでしょ」
「嗚呼、あの事件か」
「政府としても解決してほしい事件だったから、報告書を上げればお兄ちゃんも探偵社も功績が上がるんだ」
「ふぅん」
「興味無さそう」

「探偵社の功績が上がるのは嬉しいけど、僕は別に」


*****


「僕が昇進やらに興味がないのは知ってるだろ?」
「知ってるけど…」
「そんな肩書きより、僕はお前に傍に居てほしかったのに」
「…御免なさい」
「でもまぁ、僕の為に仕事に行ったなら仕方無いね」
「有難うお兄ちゃん」
台所にフワリと粥の匂いが漂い始める。

「お粥食べよっか」


*****


「お兄ちゃん、本当にもう怒ってない?」
「怒ってないよ。ただ寂しかっただけ」
「よかったぁ」
「僕に嫌われたと思ったの?」
「だって…熱出してるのに一人にしちゃったから…」
「そんな事でお前を嫌いになる訳ないだろ。それにちゃんと早く帰って来てくれたじゃない」

「大好きだよ」



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