壱頁完結物


「よさのさん…おひざいたい…」
「おやまぁ、派手な転び方したもんだね」
大きな目に涙を蓄えた幼子が与謝野に近付いてきた。
膝上まで上げたスカートの下では膝が鮮やかな赤に染まっている。
「消毒してやるからおいで」
「いたいのいや…」

「放っておくともっと痛くなるよ」


*****


「乱歩さんは如何したんだい」
「にぃに、せんせのとこ」
「其の間に転けたのかい」
汚れや血を洗い流し消毒液を付けると幼子は大声で泣き出してしまった。
「い゛だい゛ぃ!!」
「もう一寸だ、我慢しな」
すると扉が勢い良く開いた。

「妹の泣き声が聞こえたんだけど何事!?」


*****


「に゛ぃに゛!」
「暴れるんじゃないよ」
兄の元へ駆け寄ろうとする妹を制すと更に大粒の涙が溢れる。
「い゛だい゛ぃ!」
「直ぐ終わるから」
「嗚呼、僕が居ない間に転けちゃったのか…。一緒に連れていけば良かったね、御免ね」

まるで鳥の雛のように泣く妹を乱歩はゆっくりと抱き締めた。


*****


「そうだ、おまじないを掛けてあげよう」
「…おまじない?」
乱歩の言葉に妹は鼻を啜り乍ら首を傾げた。
「痛いの痛いの~」
膝の近くで手を動かす乱歩をジッと見つめる妹と与謝野。
「先刻の泣き声は何だったのだ乱歩」
「社長に飛んでけ~!」

医務室の空気がピタリと止まった。


*****


与謝野は戦慄した。
普段は多少表情筋が動く位でふざけた事など全くしない社長に向け、乱歩は子供騙しとは云え膝が痛くなるまじないを掛けてしまった。
妹は兄のまじないの顛末を興味津々に見つめている。
「どうすんだい、社長…」

その時、社長の眉間に皺が寄った。


*****


「ぐっ…!」
直後、社長が膝を押さえ踞った。
「せんせ!?」
「ほら、お前の痛いの社長に飛んでったよ」
「ほんと?せんせ、だいじょぶ?」
「私は平気だ。お前はこんな痛い物に耐えていたのだな。偉いぞ」
社長に頭を撫で付けられ、妹は満面の笑みを浮かべた。

「意外とノリ良いんだよ社長」


*****


「吃驚したよ、真逆社長がアレに乗るなんて」
すっかり元気になった妹と乱歩を眺め、与謝野がポツリと心情を吐露した。
「…以前同じ様な事があった時、やるまで離して貰えなくてな。慣れとは恐ろしい物だ」

「全く、探偵社には大した御仁しかいないねぇ」



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