短編

「其れ何作ってるの?」
「焼き菓子だよ。探偵社の皆に差し入れしようと思って」
材料を混ぜる妹に近付いた乱歩は猪口冷糖を一つ摘まんだ。
「あっ、食べちゃダメ!」
「…僕の分は?皆と一緒なんて云わないよね?」

「ちゃんと別に用意してあるから、そんなに膨れないで」
「早く食べたい」


*****


「雨強くなってきたなぁ」
急な雨に店の軒先で雨宿り。
電話して帰るのが遅れるとは伝えたけど。
「これ、帰れるかな…」
「そうなると思って迎えに来たよ」
目の前には大きな傘を差した名探偵。
「どうして此処が?」
「僕を誰だと思ってるの?」

「ほら、風邪引く前に帰ろ」
大きな傘は二人用。


*****


買い物の途中で大降りの雨。
社長と幼子は立ち往生。
「にぃにまってるのに…」
「乱歩には連絡を入れた。止むまで待つしかあるまい」
早く兄に会いたいのかしょんぼりする幼子の手がフワリと包まれる。
「時間潰しに甘味処にでも行くか?」
「いくー!」

「にぃににおみやげも!」
「そうだな」


*****


「お兄ちゃんなんか知らないもん!」
「此方の台詞だよ!」
妹とはたまに喧嘩をする。
最初は意固地になって口も利かないが、次第に一人のつまらなさに一寸ずつ寄り添っていく。
「あのさ、」
「お兄ちゃん…あのね」
「「…ごめんね」」

引かれる袖は仲直りの合言葉。


*****


「せんせ、つかれた…」
とある事件現場。
駅から現場までは子供の足では遠く、到着時には疲労が顔に出ていた。
「にぃにまだかな…」
「乱歩ならすぐ解決するだろう」
社長は近場のベンチに腰を下ろすと、幼子を抱え上げ膝に乗せた。

「事件解決した~!って何その体勢」
「可愛かろう」


*****


雨の中、おやつを買いに出た兄妹はアジサイの前で足を止めた。
「にぃにみてー。にょろにょろさん」
「お、カタツムリだ」
「かたつむり」
「手に乗せてみる?」
「ん!」
両手を差し出す妹の手に乱歩がカタツムリを乗せた。
「ひゃ、じょわわ…」

「あっ、将来嫌いになるやつだ」


*****


「見てみて、カタツムリ」
「本当だ。最近ずっと雨だもんね」
「手に乗せる?」
「遠慮します」
「遠慮なんてしなくていいよ」
「します」
「ほら、可愛いよ?」
「いやっ!意地悪するお兄ちゃん嫌い!!」
「!!」

「乱歩、如何したそんなに項垂れて」
「妹に嫌われた…」
「は?」


*****


「乱歩、今年も花火大会行くでしょ?」
「えー、暑いし家から見ようよ」
「…そっか」
折角誘ったのに素っ気ない返事。無意識に口が尖っていく。
「浴衣新調したのになぁ…」
「えっ」
「お出掛けするなら着るのになぁ」
「…」
「乱歩もお揃いなのになぁ…」

「…僕を降参させるなんてね」


*****


路地裏へと翻る短めの外套を必死で追う。
今度こそ掴まえなきゃ、中也さんに叱られる…!
「また君か。僕に頭脳勝負で勝てると思ってるの?」
「今度こそ、勝ちます!」
「其れもう聞き飽きたよ」
なんて云いつつ彼は私に近付き不敵に笑った。

「さあお莫迦さん、僕を楽しませてよね!!」


*****


「ねえ、いいでしょ…?」
指を咥えて此方を見つめられる。
周りをうろつかれては作業に集中できない。
「もうすぐだからジッとしてて」
口に苺を突っ込むと乱歩が漸く大人しくなった。
「おいひい」
「ほんと?」
「ん」
返事と同時に顔が近付き、甘酸っぱい味が口の中に広がった。
「ね、美味しいでしょ」


*****


目の前に居る女性は既に家族だ。
僕の大事な大事な、妹だけれど。
「ねぇ、今日はプロポーズの日なんだって」
僕が何を云うか既に察している妹が微笑み乍ら近付いて来たので、ありったけの愛を込めて抱き締める。
「愛してるよ。ずっと僕だけの家族で居て」

肯定の返事を聞く前に開いた口を塞いだ。


*****
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