壱頁完結物

「乱歩、貴方は今日からお兄ちゃんよ」
そう云われて母の腕の中を観れば小さな赤ん坊が一人。
「乱歩の妹だ」
「妹…」
息をするのも身体を動かすのも儘ならない様な小さな命。
其の目が開かれ僕と同じ翠色の眼が僕を見た時
此の子は僕が護ろうと心に決めたんだ。

両親が居なくなっても絶対に。


*****

やっと黒い服と線香の臭いから解放され溜め息を吐くと、心配そうな顔で妹が依って来る。
「にぃに、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、お前は如何だい」
「おなかすいた。かあさまは?」
幼い此の子はまだ死を知らなくて。

「お菓子、購いに行こっか」
僕も其れしか方法を知らない


*****


「何書いてるの?」
鉛筆を帳面に走らせる妹に話し掛けると
「にぃにのよこについてるやつ!」
意味不明な説明に首を傾げて帳面を見た僕は固まった。
だって其処には字を教えても居ないのに“江戸川乱歩”と書かれて居たのだから。

此れが異能力だと気付いた時、身体の震えが止まらなかった。


*****


風の噂とは凄い物で、妹の異能力の情報は瞬く間に世間に知れ渡った。
毎日大人が写真を妹に突き付けて名前や情報を書かせようとして来る。
僕が抗議すると殴られたり蹴られたりした。
妹は沢山泣いてしまったけど、其れで此の子を護れるなら。

「お兄ちゃんはお前が居てくれるなら平気だよ」


*****


朝起きたら妹が居なかった。
昨晩はちゃんと二人で戸締りをして、僕と同じ布団で寝て居た筈なのに。
血の気が引くのが肌で分かる。
きっと軍警が妹を…。
居場所は解っているのに此んな時に限って頭は働いてくれない。
頭を抱える僕の頭上から聞き慣れない声がした。

着流しを着た大人だった。


*****


僕の推理は彼が無害な人間だと告げて居る。
形振り何て構ってられなかった。
「妹を助けて!!」
着流しの裾を掴んで懇願すると、その大人はフワリと微笑んで僕の頭を撫でてくれた。
頭を撫でられるなんて何時振りだろう。

「必ず助ける」
其の言葉の説得力に、僕の目からは涙が溢れた。


*****


「にぃに!」
泣き腫らした顔で僕の胸に飛び込む妹をしっかりと抱き締める。
「有難う」
初めて他人に遣った此の言葉を、着流しの大人は微笑みながら受け取って、更に一言
「お前達、私と一緒に暮らさないか」

「お願いするよ」
また初めて此の言葉を他人に遣った。



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