壱頁完結物
「乱歩、話がある」
ある日の夜、福沢は神妙な面持ちで乱歩を呼んだ。
妹は遊び疲れて寝ており、乱歩は妹に布団を掛け直してから福沢の後に続く。
「如何したの」
「そろそろ限界だと思ってな」
「勿体ぶらないでよ」
「判った、結論から云おう」
「妹を学校に入れてやろうと思う」
*****
乱歩の顔の血の気がみるみる引いて行くのが見て取れる。
「妹は優秀だ。もう俺が教えられる事は全て教えてしまったのでな」
「いやいやいやいや、だからって学校に入れるなんて!」
「乱歩だって途中までだが行っていたんだろう」
「だからだよ!」
「妹を学校になんか行かせないよ!」
*****
「何故其処まで拒否する」
「…僕、学校が詰まらなかったんだ。授業を受けても全部判っちゃうし、其れを皆に可笑しいって指差されるし、何時も早く帰って妹と遊びたいって思ってたよ」
口を尖らせる乱歩に福沢も眉を下げる。
「…そうか」
「だから妹は…」
「にぃに、何話してるの?」
*****
「起きたか」
二人の声が聞こえたのか、妹が布団を抜け出して部屋までやって来た。
「お前は学校に行ってみたいと思うか?」
「一寸福沢さん!」
突然の質問に首を傾げる妹。
「学校?」
「勉強する処だよ」
「ふーん」
生返事をし乍ら乱歩の膝の上に座る。
「にぃにが通ってた処?」
*****
「そうそう、黒い制服着てたでしょ」
「うん。私もあれ着るの?」
「あれは着ないよ、お前はセーラー服」
セーラー服の形を思い出す為目を閉じた妹は一瞬で目を開けた。
「着たい!」
「え?」
「セーラー服着たい!私、学校行く!」
「ええ!?」
はしゃぐ妹を後ろから抱える乱歩には冷や汗が。
*****
「行かなくて良いよ!着るだけなら買ってあげるから!」
「やだ!学校も行くの!」
「お兄ちゃんと遊ぶ時間減っちゃうよ?」
「沢山勉強して立派な助手になるんだもん!」
「お兄ちゃんが教えてあげるから!」
其れでも行くと云って聞かない妹に、乱歩は此れ迄に無い程焦り始めた。
*****
「何でそんなに学校行きたいの」
もう半泣きの乱歩を知ってか知らずか、妹は満面の笑み。
「可愛いセーラー服着て、頑張ってお勉強したらにぃにがお迎え来てくれるの!だから学校行きたい!」
「…褒美目当てか」
やり取りを黙って見守っていた福沢が思わず声を漏らした。
「矢張り兄妹だな」
*****
「にぃにお迎え来てくれるよね?」
「…毎日行くよ」
「帰り駄菓子屋さん寄ろうね!」
「たまにね」
「頑張って格好良い助手になるからね!」
満足気にふんぞり返る妹に乱歩はもう折れるしかなかった。
「同世代と接せる貴重な場所だ。学業以外もしっかり勉強して来い」
「はい先生!」
*****
「処で、学校に行くなら其の呼び名は止めろ」
「呼び名?」
「“にぃに”だ」
福沢の言葉に項垂れていた乱歩が勢い良く頭を上げた。
「駄目!妹にはずっとにぃにって呼ばれるって決めてるのに!」
「流石に学校では無理だ」
「やだやだ!」
「にぃに…」
“お兄ちゃん”で妥協するまで後数十分。
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