壱頁完結物


「早く与謝野さんに診せないと!」
赤い水溜に色を吸い取られたかのように顔面蒼白な乱歩に、翠色の虚ろな目が動く。
「ぉ、に…ちゃ…」
「喋るな!」
「ずっ、と…みま、も…って…」
「駄目だ!ずっと僕の隣に居てくれなきゃ厭だ…!」

「だぃ、すき…」
動かなくなった唇は弧を描いていた。


*****


目を開けると一面の花畑。
川のせせらぎに混じって足音が二つ。
「…嘘」
呼び掛けると二人は驚いて此方に近付いて来た。
此の二人は紛れもなく幼い頃に離れ離れになった両親だと顔を見て確信する。
「会いたかった…父様、母様!」
手を伸ばすも、二人は掴んでくれない。
「此方に来てはいけません」


*****


「如何して…」
「此処は現世じゃあない。お前だって気付いているだろう」
勿論、両親が目の前にいる時点で現実で無い事位判っている。
「其れに母様達と約束したでしょう。乱歩の傍に居てあげてと」
「私達に続いてお前まで居なくなったら、乱歩は独りぼっちになってしまう」
「だからお願い」


*****


「お前達は大きくなった。でも矢張り独りは寂しい」
「乱歩を救ってあげられるのは貴女だけよ」
両親の温もりに包まれたいと望み乍らも兄を案じる妹に、両親は優しい顔をした。
「貴方達が人生を謳歌し尽くした時に、また逢いましょう」
掠れ行く映像に、一筋の涙が光った。


*****


「福沢さん、妹が死んだら僕を殺して」
そう呟いた乱歩に福沢は絶句した。
「…滅多な事を云うんじゃない」
「僕に自決する度胸は無い…だから…!」
「其の必要はないよ乱歩さん」
息を切らせた与謝野が乱歩の前まで大股で歩いて来た。

「医務室に来な。朗報だ」


*****


「心配したんだから!!」
「御免ねお兄ちゃん」
泣きじゃくる兄の背中をゆっくりと擦ってやる妹。
「父様と母様がね、お兄ちゃんの傍に居てあげてって」
「そうか、父上と母上が…」
痛いと漏らす妹などお構い無しに、抱き締める腕に力を込めた。

「もう二度と離れちゃ駄目だからね」




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