壱頁完結物
某月某日。
私は赤茶色の建築物の前に立っていた。
「今日こそは…」
風で乱れた七三分けを綺麗に直し、もう少しで出て来るであろう彼の人を待ち伏せている。
「何度失敗し、苦渋を飲まされて来たか…私の完全犯罪が効かないなんて」
すると扉がゆっくりと開き、中から人が出て来た。
*****
「虫太郎さん?」
「あっ…!」
扉から出て来たのは正しく私が待っていた人物、乱歩君の妹さんだった。
其の儘此方に近付いて来る。
「こんにちは」
「や、やぁ!」
「何処かにお出掛けですか?」
「否、少し散歩を…」
「そうなんですね」
微笑む彼女はまるで天使…否、女神のようだ。
*****
「き、君は何処へ」
「歩いて十分程の処へお使いに」
「そうか、君は働き者だな」
平静を装って居るが正直声が震え出さないか不安だ。
「迷惑じゃなければ途中までご一緒しても良いだろうか」
「ええ、構いませんよ」
「有難う、喋り相手が出来て嬉しいよ」
デヱトの幕開けだ!
*****
「此方名探偵、目標が妹に接触した。どうぞ」
『こ、此方知の巨人。確認したである。どうぞ』
携帯でやり取りをする二人の男…乱歩とポオが建物の陰に隠れ乍ら虫太郎にガンを飛ばす。
「虫太郎殿、デレデレであるな」
「僕の妹に手を出そうなんて良い度胸じゃないか。追うよポオ君」
*****
「先日は怖がらせて済まなかった」
「いえ、お互いお仕事ですもの」
隣を歩く女性が眩しくて仕方が無い。
異能で彼女の可視化された情報を食い怖い思いをさせたにも関わらず笑って許してくれるとは…。
「素敵だ…」
「相変わらず甘いんだから妹は!」
「落ち着くのである乱歩君…」
*****
「あ、クレープ屋さんだ」
ふと彼女が足を止めた。
視線の先にはワゴン車のクレープ屋が止まっており、女性客が数人メニューを見ている。
「美味しそう」
「お使いは大丈夫なのか?」
「…矢張り駄目ですかね?」
恥ずかしそうに俯かれては何も云えない…!
「い、良いんじゃないか?」
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「私がご馳走しよう!其れなら弁解も簡単だ」
「え、でも…」
「遠慮は要らない。先日の詫びだと思って受け取って欲しい」
我ながらなんて事を云い出すんだと心臓を押さえる。
格好付け過ぎて引かれていないだろうか…。
「い、良いんですか…?」
「店ごと買う」
「虫太郎さん!?」
*****
と云うのは冗談で、と気を取り直してクレープ屋へと足を向ける二人。
真剣にメニューを見つめる彼女に目を奪われていると、店主に話し掛けられた。
「今カップル半分こキャンペーンを開催してまして、二つ買うとお得になりますよ」
「かっ…!?」
私達がカップルに見えていると云うのか!?
*****
突然の発言に思考が纏まらないで居ると彼女が徐に顔を上げた。
「其れって、カップルじゃなくても出来ます?」
「え…?」
「あっ…はい!出来ますよ!」
「じゃあ此れと此れで」
何事も無かったかの様に注文する彼女に私の中で何かが崩れ落ちた。
「何かすみません…」
「謝らないでくれ…」
*****
店員の声を背中に聞き乍ら、先程の衝撃が収まらず半分思考停止する頭を何とか奮い立たせ再度歩き出すと、目の前にクレープが一つ顔を覗かせた。
「虫太郎さんも食べます?」
「い、良いのか?」
「勿論です、買って頂いた物ですから」
「妹さん二つも食べてるのである…」
「僕の妹だからね」
*****
「ふむ、猪口冷糖が甘いな」
「お口に合いましたか?」
「とても美味しいよ」
談笑しながら歩く二人の後ろで
「ポオ君、僕もクレープ食べたい」
「え!?買ってたら二人を見失うである!」
「やだやだ食べたい!!」
「ん…?」
「如何したんだ」
「今お兄ちゃんの声がしたような…」
*****
「き、気のせいだろう。其れよりお使いを済ませねば」
「そうですね…あっ」
「今度は何かな」
「頬に猪口冷糖が付いてますよ」
微笑む彼女に慌てて口を拭おうとすると、止める様に手を捕まれた。
「お袖が汚れてしまいます」
そう云うと彼女が鞄から濡れ塵紙を取り出し、口を拭ってくれた。
*****
「え、あ…」
「はい、綺麗になりましたよ」
余りに早く進む展開に頭がついて行かない。
「あーーー!!」
突然の叫び声に二人して飛び上がる。
「お兄ちゃん!?」
「もう!何やってるのさ!」
「何って…お兄ちゃん、口の周りクリームまみれだよ」
「うん、拭いて」
最早、思考が停止した。
*****
「乱歩君!待つのである!」
「ポオさんまで!?」
後ろから追い掛けてきた知の巨人は両手一杯にクレープを抱えていた。
「如何したんですかそのクレープ…」
「乱歩君が食べたいと云うから」
「お兄ちゃん…」
「もう、虫太郎さんの前ではしたないよ」
その言葉に私は我に帰った。
*****
「そうだ!何故二人は此処に…」
「君達を尾行していたに決まってるだろう」
「び…」
「探偵社の下で張ってたのも知ってる」
「え、そうだったんですか?」
妹さんが驚いた顔で私を見る。
「うぅ…」
「若しかして私に何か用事でしたか?」
「彼は妹さんと話がしたかったのであるよ」
*****
探偵二人に全てを見破られ冷や汗が止まらない。
「なんだ、そうだったんですね」
「…え?」
驚く事に妹さんは引いていなかった。
隣の乱歩君の顔は見なかった事にする。
「其れなら社まで来て下されば良いのに」
「い、良いのか?」
「勿論です。お茶菓子を用意してお待ちしています」
*****
ルンルン気分で別れを告げた虫太郎を見送る三人。
「あーあ、絶対来るよあれ」
「お兄ちゃんは来て欲しくない?」
「僕に挑戦状を持って来るなら良いけど、お前に会いに来るのは一寸」
「ヤキモチ?」
「お前にヤキモチ妬いて如何するのさ」
「カール、クリームは食べちゃ駄目である!」
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「処で此のクレープ…若しかしてポオさんが…」
「嗚呼、支払いに関しては気にしなくて良いである」
「流石にそう云う訳には…本当にすみません」
頭を下げる妹に乱歩が口を尖らせる。
「お詫びしますので用事が終わったら是非探偵社に来て下さい!」
「まあ、ポオ君なら良いか…」
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