壱頁完結物
「にぃに、おちゅーしゃやだ…」
「此れが終わったら福沢さんが甘味処に連れてってくれるよ」
「うー…」
殆どの予防接種を済ませたと思っていた矢先打ち忘れが見つかり今に至る。
目の前を彷徨く職員が怖いのか乱歩に抱き付いて離れない。
「おやついらないからおうちかえる…」
「其の域か」
*****
「チクってするだけだよ」
「でもにぃにむかしないたんでしょ?」
「たまに其の異能が常時発動型じゃ無ければ良いのにと思うよ」
過去を掘り起こされ苦い顔をする乱歩。
「やだやだ!おうちかえる!」
「だって、福沢さん」
「そんな事云われてもな…」
「直ぐ終わるから少しだけ我慢しろ」
*****
殺害現場では全く怯えないのに注射一つで此処まで怖がるのかと腕の中で暴れる妹を抱えながら順番待ちをする。
「にぃに、やだ…おうちかえる…」
「直ぐ終わるから、ね?」
「いや!おうちかえる!にぃにきらい!!」
「あっ、お前…」
福沢が声を上げるのも虚しく乱歩の顔が真っ白になった。
*****
「僕の事…嫌い?」
「きらい!いたいのやなのにぃにもいっしょなのに!」
「でもお前が元気に過ごす為なんだよ?」
「やだぁ!もうひとりでかえるもん!あっちいって!」
「こら二人とも、騒ぐんじゃない」
福沢が心配して乱歩を見ると、大粒の涙が今にも溢れそうな程溜まっていた。
*****
「本当に、僕の事嫌いなの…?」
声が震えているのに気が付いた妹は騒ぐのを止めて兄を見上げた。
上から水が落ちて来て額や頬を濡らす。
「僕、僕…何もしてないのに…」
「にぃに…」
泣き出した兄に妹が釣られて泣き出した瞬間
「江戸川さん、どうぞー」
「最悪のタイミングだな…」
*****
「ええ…お兄ちゃんまで如何したの?」
「一寸訳有りで…気にしないで貰えると助かる」
わんわん泣き声を上げる二人を引き連れ診察室に入った福沢は疲れ切っていた。
「じゃあ直ぐ終わらせますね」
「やだぁ!にぃに!!」
「僕なんて嫌いなんでしょ、一人でやりなよ」
「乱歩…」
*****
「にぃに゛ぃ!!」
「来て欲しかったら云うべき事が有るだろう」
福沢が諌める様に云うとビクッとして叫び声が止まる。
目を合わせると直ぐにそっぽを向いてしまう乱歩に、妹が走り寄って抱き付いた。
「にぃに、ごめんなさい…」
「僕の事嫌いじゃない?」
「にぃにだいすき…」
*****
「もう絶対嫌いなんて云わないって約束してくれる?」
「ん」
「次云ったらもう御免なさいしても許してあげないからね」
「ぅん…ごめんなさい…」
ギュッと抱き付く妹の頭を撫でると落ち着いたのか漸く泣き止んだ。
「看護師殿、何故泣いておられる」
「こう云うのに弱いんです私…」
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「はい終わったよ」
「いだがっだ…」
「でもちゃんとジッと出来たじゃないか」
「良く頑張ったな」
乱歩の膝に乗せられ福沢に頭を撫でられ乍ら、妹は鼻をすんすんと鳴らす。
「然しお父様、しっかり教育されてるんですねえ」
「…は?」
「私はよく上の子ばかり叱ってしまって、いやはや」
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「否、俺は…」
「父上は平等なんだ。凄いだろう?」
「嗚呼、勉強させられましたよ」
「とうさま、かっこいーの」
「おや、娘さんにそう云われるなんて慕われてるんですねえ」
カカと笑う医師に苦い顔をした福沢は徐に立ち上がった。
「二人とも、甘味処は無しだ」
「「ええー!?」」
*****
「おちゅーしゃがんばったのに!」
「約束が違うじゃないか!」
袴の裾をグイグイ引っ張るが福沢は何処吹く風。
「なら何か云うことが有るだろう」
踵を返し診察室を後にする福沢を慌てて追い掛ける兄妹。
「せんせ!」
「福沢さん!」
「「ごめんなさーい!」」
「え、親子じゃないの?」
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